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序章

変異端児 その1

 立っているだけで、爪先が凍ってきそうな夜。

 息を吸うと鼻の奥が、ツン、と痛くなる。

 真っ白な息を、真っ赤な血と共に吐く男が居た。

 男ははりから下げられた縄に両手を縛られ、無理矢理立たされている。

 場所は、、、。


 香川県善通寺市。

 犬塚。


 高さ約2・5メートルの笠塔婆かさとうば

 それをおおう屋根の梁に、男は吊るされていた。

 地面に足は付いているものの、力無くひざが曲がってもう自力では立てていない。

 やはり『吊るされている』ってのが適切な表現となっていた。


 その男は、いったい何で自分がこんな目にっているのか解らなかった。

 寺の居住スペースで寝ていたら、突然起こされた。

 起きた眼の前に縛られた妻と、ひとり息子の姿があった。


 泣いていた。

 泣いて震える妻の横に、涙をこらえる六歳の息子の姿が健気けなげだった。

 女二人、男一人の三人組。


 男が、こう言った。


 「大人おとなしゅう付いて来い。ほんなら嫁とガキの無事は保障したる」


 言われるがままに、此処ここへ来た。

 言われるがままに、縛られた。

 それから、ずっと同じ事を繰り返されている。


 ――何がしたい?


 縛られてから、ずっとが自分を見てる。

 無言。

 可愛い。


 


 いや、、、それより今、自分に起きているこの状況がどういう事なのか知りたい。

 それとも、何か聞きたい事でもあるのか?


 ――だったら、、、聞いてくれ、、、


 男は聞かれれば、何でも答える。

 だから自分に、いったい何が起きてるのか教えて欲しい。


 さっきから眼でそう訴えているのだが、男の前に立つ天使のような美少女は、右手を前に出し、てのひらを上に向けた。


 ――、、、


 男は勘弁してくれと、眼と眉を寄せた。

 掌の上で一瞬青白い光りがはしると、それはスグに白い結晶と化す。

 きらきらと輝くとげが、そこに出来上がった。

 長さ20センチほどの、氷のとげ


 ぃ、、、。


 美少女が笑った。


 「何やねん?! なんが目的なんや? 、、、何か言えや!!」


 無言。

 それが怖い。

 でも、カワイイ。


 彼女の笑顔は、無垢むくなアイドルを思わせた。

 無垢と言うか、、、心が無い。

 黒目の大きな瞳が、男を真っ直ぐに見て来る。

 心の無い、ガラス玉のような眼で、、、。


 それだけに、返って男の恐怖を増長させた。

 棘の出た右手を、横薙ぎに動かす。


 シュッ!


 「、ぁ、、っぐ、、、」


 男の左の頬から右の頬へ、口の中を通って氷の棘が貫通。

 舌を動かすと、口の中で細く鋭い棘に当たった。


 冷たい、、、。

 間違いなく、氷。


 普通の氷と違うのは、スグに溶ける。

 口の中の熱で、あっ、という間に溶ける。

 消えた氷の代わりに、両頬の穴から溢れ出す血が口の中に広がる。


 鉄の味。

 血の味。


 もう何本目だろう、、、。

 此処ここに連れて来られてから、縛られ、、、それから一切いっさい何も喋らず無言で氷の棘を刺され続けている。

 笑顔は絶やさない。


 天使の笑顔。

 カワイイ。


 笑って、肩。

 二の腕。

 もも

 顔面には針状の氷の棘を、何十本も刺された。

 いずれも溶けて、開けられた穴から血が流れる。

 それを楽しそうに、天使の笑顔で見つめている。


 笑い声も上げない。

 でも笑顔は絶やさない。


 その顔が、メチャクチャ可愛い。

 可愛い過ぎて怖い。


 ――この女は、何がしたいんだ、、、?


 解らない。

 読み取れない思考ほど、怖いモノは無い。

 いっそのこと気が狂った方がだと思った。

 せめて気を失わさせてくれと思った。


 だが、この美少女、、、ギリギリのラインで攻めて来る。

 そして、この美少女、、、ずっと無言で氷の棘を刺してくる。

 笑って刺してくる。


 ――何なんだ?


 縛られている男がそう思った時、その美少女の後ろに立っていた、仲間のリーゼントの男が声を掛けて来た。


 「おユキ、それ多分、が逆やわ」

 「、、、あん?」


 顔の造形と反して、振り返った態度と声は醜卑に溢れかえっていた。

 リーゼントの男が『おユキ』と呼んだ女こそ、今、結界内で誰からも警戒されていて誰からも厄介者扱いされているEG使い、ユキオンナ。


 あきらかに自分の行動を止められた事に不満を持っていたが、仲間の声に耳を傾けるだけの判断は出来るようだ。


 リーゼントの男は、何を言いたいのか?

 その横に立つ、もう一人の女も意味が解らないと首をかしげる。


 「どゆこと~?」

 首をかたむけ聞いたのは、ユキオンナではなくな女。


 「おユキのやってんのは、拷問ごうもん、、、」

 男はそこで初めて、んだと知った。


 「、、、やねんけど、何かこっちが質問して答えへんかったら痛い目にあわして吐かせるってのが拷問やん? せやのに先に痛い目に合わせてるって言うか、もうそれ目的やん。ちゃんと何か質問せな、、、」


 男は泣きながら頷いた。

 リーゼントの男の言う通りだ。


 何か聞いてくれば、何でも答える。

 スグに答える。

 嘘なんかつかない。

 ちゃんと答える。

 任せてくれ。


 隣の女が、掌に拳をぽんっと叩いて納得のポーズ。


 「ホンマや。おユキ、何か質問したり~な」


 ――そうや。質問さえしてくれたら何でも答える。答えたら、氷の棘を刺すんを止めてくれんやろう? やったら何でも答える、、、


 男は『聞いてくれ』と少女を見た。




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