目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

変異端児 その2

 無言のまま、氷のとげを刺し続けていた美少女、ユキオンナが、あらゆる体液を顔面から流している男に目線を合わせた。

 にっこり笑う。


 


 「あんた、犬神いぬがみ持ってる?」


 ――あぁ、、、やっぱりその事か、、、


 心の中でそう思ったが、それよりも正直に答える方が優先だ。

 恥も外聞も無く、住職は激しく首を縦に振った。


 「ももも、持ってません」


 ユキオンナは大袈裟に肩をすくめながら、後ろのリーゼントの男に振り返った。


 「ほら。やん」

 「ん?」


 リーゼントの男は意味が解らなかったが、次の言葉で理解した。


 「答えられたら、刺されへんやん?」


 横のオトコマエな女は、『?』な顔をしたが、リーゼントの男はあきれ顔。


 「おユキ、、、。そんなんやってたら、ぃ昇るわ」

 「そうかぁ?」

 「質問、俺するわ」

 「え~~~。まぁえけど」


 ユキオンナはその場を下がり、後ろのオトコマエな女の横に立ち直した。


 「住職、もう痛いのんはいらんやろ」


 激しく頷く。


 「今から聞く事、全部即答な。即答せぇへんかったら、質問すんのん、また後ろのと代わるからな。ま、ご存じの通り、質問してくれるかどうかは知らんけど」


 住職の眼が、必死で訴えていた。

 何でも聞いてくれと、、、。


 即答だ。

 即答で答える自信が、マンパンにある。


 「犬神は、誰が持ってる?」


 リーゼントの男の質問。

 住職は急いで答えた。


 「こ、四国ここでは高橋家の次女、美里さんが持ってる」

 「それ、れる方法ってあるんか?」

 「あらへん。犬神は女系にけてたたりたいもんくるおしの思念を送る呪法や。犬神事態は一度憑かせたら、、、取れへん」


 う~んと悩むリーゼントの男。

 ちょっと無言でいると、後ろから美少女が来ようとしたのに気付いて、リーゼントの男は慌てて質問をひねりだした。


 「ほんだら、何でコレあんの?」


 住職が縛られている屋根の下、そこに鎮座ちんざする笠塔婆かさとうばをちょんちょんと二回指差ゆびさした。


 「こ、これはけた犬神が暴走せえへんための、護符の役目や」

 「な~る、、、」


 納得する男の後ろから、あの美少女が近付いてきた。

 住職の眼が、必死に眼の前の男にすがる。


 「あたし、めっちゃ欲しいねん。どうやったられるん?」


 リーゼントの男が、『早く答えや』と目線で住職に伝える。


 「い、犬神は女系遺伝の形態で受け継がれる術式やから、、、そこにうばうっちゅう概念がいねんは無いんや」


 美少女が、さらに顔を近づけて来た。

 異常にカワイイ、、、。


 「そんでも、、、欲しいねん」

 「奪えはせえへんけど、あらたにっていうんなら、、、方法は、ある」

 「それそれ。そういうのん聞きたいねん」


 住職は一度、大きく唾を飲み込む。


 「犬神に憑かれたもんの事を便宜べんぎ上“犬神”言うけど、正確には犬神やない。だけのうつわで、ニュアンス的には“犬神の子”を状態や」

 「、この犬塚か、、、」


 男は改めて笠塔婆を見上げて、頷いた。


 「ふ~~ん、で?」


 ユキオンナはそんな事より、答えが知りたい。


 「い、犬神本体に、んでもろたらえ」


 ほ~~~~。と住職の前に居る二人は顔を見合わせた。

 ニヤ付くユキオンナ。

 リーゼントの男は、さらに疑問が湧いた。


 「それだけで、犬神の力がもらえんの?」

 「そ、そうや」

 「でも住職さんさぁ、さっき能力は女系遺伝って言うたやん?」

 「それは授かった能力を“子”だけで繋げるための条件や。本体に噛まれた者は男女関係無く、能力は貰える」


 ほほ~~~~。と再度顔を見合わせる。


 「ほんだらこれが最後の質問や」


 うんうんと頷く住職。


 「その、犬神本体は、何処どこる?」

 「和歌山、、、高野山、、、」


 答えた瞬間、空気が冷たく感じた。

 住職の思い違いではなく、身体の体温が確実に下がっている。

 足先の感覚が、もう無い。

 痺れてるのか、痛いのか解らない。

 視線を落とすと、信じられ無い事が自分の身体に起こっているのに気付く。


 


 ハッキリと、氷が足先から自分の身体を覆っていくのが見える。

 覆われた冷たさで一瞬痛く感じるが、スグに何も感じなくなり感覚が消えていく。

 住職は、じわじわと氷に覆われる自分の身体を、ただ、見下ろしていた。

 膝を越え、腰を過ぎ、さらに腹から胸へと、氷が上がって来る。

 何も出来ない。


 「あ、、、が、、、が、、あぁぁぁ、ああ」


 呼吸いきをするために膨らます肺が、動かない、、、。

 内臓が冷たくなるのが、感覚的に伝わって来た。

 その冷たさが、もう喉にまで上がってきている。


 眼を見開いた。

 開いたが、視界は白く薄れていく。

 遠ざかる意識の中で最後に、心の無い天使の声が聞こえた。

 カワイイ天使の声、、、。


 「はい、お疲れさん」


 ユキオンナが言い終わる前に、住職の身体は見事に凍っていた。


 「アカンやん!」


 リーゼントの男が、怒って声を荒げる。

 それをまったく呑気に、ユキオンナが聞き返す。


 「何やのん?」

 「場所を、、、」

 「高野山って言うたやん」

 「高野山て、山やんけ! 広すぎるわ!!」


 と言って肩を落とした男に、ユキオンナは凍った住職の頭をポンポン叩きながら笑った。


 「えぇヒマつぶしや。なぁ、そう思わんか?」


 後ろのオトコマエな女に言った。

 にっこり微笑んだ。

 そのやり取りに、男はさらに肩を落とす。


 「ほれ!」


 ユキオンナは無造作に何かを投げた。

 条件反射で、思わず受け取る。

 受け取って、リーゼントの男が見た。

 車のカギ、、、。


 「俺運転かい!?」


 カギを握ったまま『しまった!』と顔をしかめる男の肩を、通り過ぎざまにポンポンっと叩いた。


 「ほな行こか」


 天使のような美少女は、そう言うと楽しそうに歩き出していた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?