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第3話 面倒なことになったウミネコ

「おおっ、流石さすがにこの時期は寒いな」


 今日の海は大荒れだった。

 えっ、なぜ、漁師でもないのに、こんな場所に来たのかって?


 ファイルNO.3『糸こんにゃクラゲ』。


 そう、次の食材は冬でも海に生息しているクラゲ相手だからだ。


 ちなみに普通のクラゲとは違い、しょくす箇所は限られていて頭ではない。

 悠々と伸びた糸こんにゃくのような足を使用する。


 その理由として、小麦粉の変わりにヘルシーなこんにゃくの足(麺)を使おうという魂胆こんたんで、ラーメンが好きだけどカロリーが気になるという女性層に向けてターゲットを広げるという作戦だ。


 ……と店長が書いたメモにそう書いている。


 一瞬、ボッチとは思えない素晴らしい発言だなと感じた皆さん、ごめんなさい。


「それはそうと道具もないのに、どうやって捕まえればいいのかな? 熊のような手掴みは無理だし……」


 魚、いや今日の対象はクラゲだが、待つことに苦手意識がある僕に釣りの才能はない。


「おい、どうするんだよ……」


 そうこうしているうちに、防波堤にあるテトラの近くで釣りをしていた若者の男性が釣り上げた物を相手に、何やら腹話術のようにぶつくさと呟いている。


「こんな糸こんにゃクラゲばかりじゃあ、今日の息子の誕生日をすることもできねえぜ」

「へえ。息子さんは魚が好きなんですか?」


 僕は何気ない話題でその男性に話しかけた。


「まあな、特に刺身が好きでな。でも店で買うとそれなりにが張るだろ」

「だったらそのクラゲを僕に売ってくれませんか? このお金で美味しいお刺身を買って下さい」


 僕は五千円札一枚をその相手に手渡し、そっと両手で握らせる。


「えっ、クラゲ相手にこんな高値でいいのかよ。坊主?」

「はい、どうしても必要な食材ですから」

「ああ、恩にきるぜ。ありがとな」


 こうして寒い思いをして海に入ることもなく、クラゲをめぐっての交渉は見事に成立した。


 明日から次世代のリンガーンと呼んでくれ。


 ──さあ、残された食材もあと一つ。

 時間は夕暮れ時だが、まだ間に合う。

 最後の食材も、この海にあるからだ。


 さざめきぶつかり合う波の音を聞きながら、早足でその対象物を探すことにした。


****


『ミャア、ミャア!』


 しばらく波の音を聞きながら、海岸線を歩いていると目的の鳴き声が耳に届く。


 その鳴き方からして間違いない。

 ファイルNO.4『ウミミケネコ』だろう。


 えっ、また質問かい?

 今度は、なぜ確信が持てないかって?

 このメモに書かれている姿と一致しないからだよ。


 それに普通、ウミネコは現在では狩猟は禁止されていて、万が一捕まえても肉はほとんど付いてなく味も美味しくないと聞く。

 無理をしてまで食べる食材ではないのだ。


 だが、店長のメモにはこのウミネコだけは狩猟の許可が降りていて、ダシや肉にしろ、斬新な味を追求するために不可欠な食材と書いていた。


 ……いくら他の材料を取り寄せても、このウミネコがないと話にならないとミミズのような文筆で走り書きもしている。


 ……にもかかわらず寒空の海原を呑気に飛んでいるのは普通のウミネコだ。


 ウミミケネコは三毛猫のような毛なみを持つらしく、該当する種類じゃない。


『これは詰んだな……』とぼやき、諦めかけた僕の脳裏に、あのスーパーでの出来事が甦る。


「もしかしてあの肉が?」


 そうこう言う口より先に体が動いていた。


 あのスーパーの営業時間は19時までだ。

 ここから少し距離はあるが、走れば何とか間に合う。


 僕はその目標地点へとがむしゃらに駆け出した。


****


「ごめん、売り切れちゃったよ♪」

「はあ? どういうこと?」


「いや、あまりにも売れないもんだからさ、思いきって半額セールにしたら飛ぶように売れちゃってさ。ついさっきまではあったんだけどね……あれ、どうかしたのかい?」

「トホホ、そりゃないよ……」


 試食コーナーのおばちゃんから告げられた最悪なシナリオに思わず腰をぬかす。


 遠路はるばる戻ってきて、こんな結末じゃ、店長だって浮かばれない。


 このまま何もせずにバットエンドを迎えるのか。


 ──悪さをした罰として、お尻を出され、店長の罵詈罵倒ばりばとうを浴びながらのお尻ペンペンの刑を思い出す。


 まだバイトを始めた頃、興味津々で味付けされたチャーシューの盗み食いをしたのがバレてやられた、あの時の拷問ごうもん染みたお仕置き。


 言うことを聞かなかったからとして、またあれを経験するとなると待ち受けるのは絶望しかない。


「あ、あれ。坊主はさっきの?」

「何だよ、なぐさめならいらないよ……あっ!?」


 目の前にあの釣りをしていた若者がのうのうと現れる。


「やっぱりそうじゃないか……どうした、浮かない顔して? もしや、ウミミケネコの肉が欲しかったのか?」

「うん、そうなんだけど……実はかくかくしかじか……」


 ここで一人悩んでもラチがあかない。

 僕は事あるごとをその男性に打ち明けた。


「だったら、さっきまとめ買いした中からタダで一パックあげるよ。さっきは世話になったからな」


 男性から思わず返ってきた言葉に驚く僕。


「えっ、本当に? ありがとう」

「いいよ。満里奈まりな店長との禁断の甘い恋、応援してるからさ。精々頑張れよ」


 そう言って白い歯を見せて笑う韓流スターのような男性が、救いの天使に見えてしょうがない。


 何か、入らぬ誤解もさせてしまったけど……。


 ──まあ、何はともあれ、スーパーが閉まる前にラーメンに必須なメモ書きの食材は全部揃った。


 後は、満里奈店長の腕に任せるべきだ。


「──人はこれを奇跡と呼ぶ……」

「いいや、喜劇だろ。アハハ~♪」


 何がツボに触ったのかは分からないが、周りのお客さんが不審がる中、おばちゃんだけが一人でケタケタと笑っていたのだった……。



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