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第6話 安堵

 暗闇と一言で表すには言葉が足りない。


 周りには人ならざる亡者たちが渦をなし、将之はその中心にいた。


 普段の臆病な将之とは違う。力が湧いてくる。同時に怒りや憎しみといった感情も内から溢れてくる。その感情が今までにないほどに心地よさすら覚える。


 ――憎い……憎い……。俺を散々罵った奴が……俺にはできないだと……ふざけやがって。


 頭の中で今まで受けてきた数々の理不尽と容赦ない言葉数々が濁流のように押し寄せる。


 ――はははは。俺にはできる。俺は強い。


 「ぶるらぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 将之の想いに答えるかのように、鬼化した体はには力が増し、和琴との戦いなどなかったかのようだった。


 「なんなんじゃ……こいつは!?」

 赤津の表情は、恐怖に慄いた子鹿の如く今にも泣き出しそう。


 ――あれ、村長じゃないですか。丁度いい。まずはあんたからだ!


 「ぶるらぁぁ」


 「ひ、ひえぇぇぇぇぇ!」


 右足を蹴り上げる砂塵を背後に、巨大な右拳が容赦なく赤津に目掛けて殴りかかーー


 「ぶらっ!?」


 ――ることはなく、将之は赤津邸の残骸に吹き飛んだ。


 「ふぅ、ギリギリだった。お前、怪我は。他の者も無事か!?」

 声荒々に角あり赤髪ロングの女性が問うが村人は唖然とし、赤津に至っては白目が大きく泡を吹いている。


 「まぁ。大丈夫ということでいいな」


 「あの、あなたは?」

 不意に村人の一人が問う。


 「私は、ただの通りすがりだ。頭のツノに関しては後で説明する。全員、速やかにこの場から離れろ。できる限り遠くに」

村人たちはお互いに顔を見合わせるがーー


「早くしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


間髪入れずに、和琴の怒号に村人たちは一斉に立ち上がり、駆け出す。


和琴は「ったく」とひとりごちながら喉の辺りをさする。


 「ぶるる……」


 「手を抜くことはできそうにないか。今一度、許せ少年」


 和琴は重心を下げ抜刀の構えをとる。さながら瞑想するかのように目を閉じ「ふぅ……」と一呼吸おく。


――邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 「ぶらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ」


 将之が和琴めがけて突進。だが和琴は微動だにしない。抜刀の構えをとかず、目は閉じたままで彼女の周辺だけ凛とした空間が広がっている。


 将之の握り拳が和琴の顔前に迫る刹那。


 「ぶるる?」

 ――は?


 確かに命中したはずだった。拳を叩き込んだはずだった。しかしどうだろう。目の前の和琴は刀を振り抜いた後だった。そして、


――ボトリ。


 途端に将之の右腕が消えると、無惨にも地に転がった。続けて左腕も消失。視界がどんと下がった。両足がなくなった将之は地におちる。


バランスなど取れるはずもなく正面に倒れた。そしてーー


 「……終わりだ」


 和琴の一声とともに繰り出される刃は、将之の首を横なぎに通過。


 ――あぁ、よく見ればさっき助けてくれた。名前は……そう、和琴さんだ。あんまり痛くない。優しく切ってくれたんだ。


 かろうじて見えた将之の視界には、眉間を歪ませる和琴の表情が見えた。ほんの一瞬だったとはいえ、人と……厳密には鬼のようなだが、まともに話せたのは久しぶりだった。死ぬ前に人の暖かさに触れられた。


 「和琴さん……ありがとう。ごめんなさい」


 嬉しさと自分のしたことの悲しさに呼応するように目頭が熱くなる。


 将之は目を閉じた。


これが死。まるで眠るような感覚に安堵した将之はその居心地の良さに身を委ねた。



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