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第5話 前触れ

 焔岳村(ほむらだけむら)では本来、夜の外出は禁じられていた。


 根も葉もないことではあるが『人が立て続けに姿を消している』と東西南北から立ち寄る商人やら旅人やらが話しているのを皮切りに恐怖心からできたルール。


 情報とは時に、人の意識を変えるものである。


 当然、村人の中には待ったの声があがった。特に水商売を営む者たちにとって夜は商売時。ルールを無視し、店を開く者もいたが村長自ら出向き、強引に中止をさせたらしい。


店主は無期限の出店停止処分を受けたという。


 だが今宵、外出禁止令が出ているにも関わらず、三人の若者を借り出したことに対する村人たちからの非難の声が村長邸にごった返した。やはり水商売を営むものが大多数。


 「村長! いるんだろ!? 出てこい!」

 「自分のこととなると何でもありかよ!」


松明を片手に、木目に金を打った門を荒々しく叩く音は、村人たちの鬱憤を表していた。

  十畳ほどの和室に、どっぷりとあぐらをかいていた赤津 万歳(アカツ マンサイ)は、煮えたぎる釜の如く怒りに震えていた。


 「ええい、やかましい愚民どもが。ワシが必死に村のことを考えているとも知らずに」


 我慢ならんと、赤津は重い腰を持ち上げる。

 襖の奥より取り出した箱の蓋に手をかけると、埃が舞い散る。

赤津は咳き込みながらも薙刀を手に、一目散に玄関へと駆け出した。


「貴様ら、いい加減に—」


――ドカーン。 


赤津が勢いよく門を開け、先頭にいた村人と目が合った瞬間、木材が壊れるにしては盛大な、火薬に引火したような音が響き、その場にいた赤津や村人たちは全員しゃがみ込んだ。


音のした方角からは火の手に照らされ、煙がノロノロと舞い上がっている。


 「な、なんだ今度は。お前たち今度は何をしでかした」

 赤津が手近な村人の胸ぐらを掴む。


 「知らねぇよ、俺らだってここにいたんだから」


 「でまかせ言いおって—」


 赤津が握り拳を振り上げるが、周り村人たち数人で押さえ込む。

 赤津は「離さんか!」とさらに激昂。巨体に似つかわしいほどに村人たちを振り回す。対して村人たちは持てる力で弾かれないようにしがみつく。


 荒れ狂う男性たちを心配そうに見つめる女性が一人、ふと爆発のあった方向に目を向けると、屋根に一人の影が浮かび上がっているのが見えた。近隣の村人たちが火消しに向かったのだろうと思ったが、どうにも違和感があった。その影はその場から動かず静止しており、水をかけるような動作は見られない。


 不審に思い目をこする女性は、再び目を開く。影は消えていた。次の瞬間。


 ――バゴーン。


 赤津邸は爆散。その場にいた赤津や村人たちはそれぞれ倒れ込んだ。


 「うぅ、はっ……、わしの屋敷が……」


 這いつくばりながら赤津は呆然と、屋敷跡地を呆然と眺める。爆散したことによる砂埃が立ち込め、そこに人影が見えた。


 「何じゃこいつは……」


 赤津や村人たちは恐れ慄く。そして、誰が言ったのか、か細い声がつぶやかれた。


 「バケ……モノ」


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