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第8話 嘘だらけの裁判(前編)

「さぁ、さっそく話し合いを始めましょう。彼を生かすか殺すか」

 妙に透き通った声が部屋の不気味さを払拭するように響いた。声音の主である銀髪ショートの女性。眉間に見える一本の角は、まるで西洋に出てくる白馬を彷彿とさせた。彼女の視線は全くブレることなく、将之をじっと見つめている。笑ってるのか怒ってるのかわからない表情だ。対する将之はその視線を見つめ返す。正確には緊張のあまり視線を外せないのだが。


 「あ、あの! ここはいったい……。というか俺、殺されるんでーー」


 「おい」

 喉から搾り出すように出した将之の問いは、虚しくも遮られた。頭部には三つの角が左右中心に伸びており、どこか男まさりなハスキーな声の主を一瞥すると「騒ぐな」と一声とともに鋭い眼光が将之を硬直させた。彼女はそのまま続けた。


 「はぁ。薩日内さっぴないさんよう、わざわざ俺たちを集めて何をするのかと思えば……殺すに決まってんでしょうよ?」


 眼光がさらに強まり、将之は視線を逸らそうとしたが異彩を放つ銀髪ショートの女性。薩日内と呼ばれた彼女の一声で再び視線が離せなくなる。


「そうねぇ。美礼みれいの意見に私も賛成なのだけれどーー」


 彼女が言いかけ、その視線の先にいたのは烈火のオーラを放つ小柄な少女。美礼と呼ばれた女性がついで言葉をかける。


 「おい、和琴。てめぇどうゆうつもりだコラ。俺たちの役目は魔泥身を葬り去ることだろが。それをてめぇ、殺さねぇどころか本部に連れてきやがっ……って聞いてんのかオラ!」


 和琴は腕をくみ、瞑想するように鎮座している。美礼の乱暴な物言いにも一切の動揺は見られず、返答する様子も見られない。


 「まあまあ落ち着いて美礼、ね? でも私も理由くらいは聞きたいわ。あれを殺さなかったのはなぜ? 殺さないでほしいというのはどうゆうことなの和琴」


 ――え?


 薩日内が間を取り持ってくれたおかげで、険悪な雰囲気は浄化された。また、和琴も彼女の問いには腕を緩ませ、ゆっくりと目を開き述べた。


 「……彼には恩がある。おかげで目標は討伐できた」


 「……ってそれじゃわかんねぇよ!」


 美礼が再び立ち上がる。


 「こいつも魔泥身だろうが! 一匹残らず討伐。これが俺たちの役目だろう」


 和琴は「ふん」とあさっての方行をむく。


 「てめぇいい加減にーー」


 「はぁいはいストップストップ。美礼ほんとうに落ち着いて、ね?」


 「薩日内さん! こいつを甘やかすとーー」


 「美礼?」

 不意に部屋の雰囲気が肌寒くなるような、先程まで柔らかな対応をしていた薩日内の声音が変わったからだろうか、美礼だけでなく、和琴や他組長の額にも汗が滴る。


 「……すんません」

 青ざめる美礼はポタポタと汗を垂らしながら謝罪を言い終えると、ゆっくり腰を下ろす。


 「和琴? あれは殺したくないっていう話だけど、答えはノーよ」


 「っ! 総組ち――」


 「黙って」

 将之でさえ感じられる。この中での圧倒的な威圧感と恐怖が一気に込み上げる。


 和琴は怯まず、しかし全力を持って声を絞り出した。


 「彼は……私たちと同じ……それも自身で鬼になった」


 「え?」

 同時に、薩日内の威圧感が急に消える。キョトンとした表情に首を傾げる動作は年相応の、先程までのやわならか少女のあどけなさ。


 「ふぅ……それに、私が最後の一撃を加えようとした時、彼は鬼の状態で自我を戻していました。鍛えれば戦力になります。ですからーー」


 言い終える前に、薩日内は和琴の目の前に静止を求めるように手を伸ばした。


 「つまり、鬼兵隊に入隊させる……そういうことかしら?」


 「はい」


 「え、ちょっと和琴さん!?」  


俺だけじゃない。その場にいる他組長たちのほとんどがハッとした表情を見せた。美礼に至っては苦虫を噛み潰したように和琴を凝視している。


 和琴の首元には未だ乾くことのない汗が滴っている。それほどまでに薩日内という女性は脅威なのか。


 「なぁんか、珍しいわねぇ? あなたがそこまで言うなんて」


 「……」

 和琴は何も言わずに、薩日内を見つめ続けた。


 薩日内もまた和琴を数秒見つめ、腕を組みながら「うーん」と天をあおぐ。そして、


 「いいわ。許可します」


 美礼がダッと立ち上がるが、薩日内がニコリと目で静止させた。


 場内が騒然としている最中、和琴の表情も心なしか安堵しているようにもみえた。

 将之はここまで、ほとんど置いてきぼりの状態。勝手に入隊が決まった様子だが、何か違和感を覚えた。その違和感の正体はすぐにわかる。

 「寛大なお心、痛み入りまーー」


 「私に一度でも傷をつけられたらね」


 「え?」

 和琴の表情が固まった。同時に将之に向けられる薩日内の視線。身体中に悪寒が走った。


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