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第7話 微睡から……

長い、それはそれは長い夢を見ていた。


 「あれ、ここは……。」


 四方八方を暗闇が覆う。死んでまで真っ暗なんて、来世が不安になる。だが、先ほどの荒れ狂う苦しみの渦とは違うのは、どこか安堵するような、ホッと胸を撫で下ろせるような空間であることだ。暗いのに不思議だ。


 「和琴さんと、もう少し話したかったなぁ」


 久しぶりに触れた人の温もり《ぬく》は、今でも心の中に残っている。大丈夫。きっと来世は楽しく穏やかな毎日だ。そう思えるのも、人生の幕を、美女に看取られるなんて贅沢を味わえたことだ。欲を言うと、もう少し知り合いたかったなぁとは思う。


 ――気がついたか。


 「え!?」


 背後からの声に、咄嗟に腕で守りつつ振り返る将之。


声音は人間だが、妙に雑音が含まれる耳障りな音というべきだろう。また化け物と思ったが、その考えはすぐに消えた。誰もいない? いや、周りが暗いせいか見落としそうだが、確かにいる。人の体、輪郭がぼんやりとだが、胡座をかくようにふんぞりかえっている。


そいつは姿を捉えたことを理解したのか将之に向かって、ニカッと口角を釣り上げる。背景、身体が黒く真っ白な歯が宙を舞う。全身に炭でも塗っているようで、なんだか不気味だ。


 ――はぁ、なんでワシがこんなヒョロヒョロに……。


 徐々に目も慣れてきたのか、そいつがさも情けないといった様子で手をひらひらとさせているのがわかった。ヒョロヒョロって俺のことか。なんだこいつ。


 「お前は……誰だ。まさか仏さんが迎えにきたのか」


 将之の言葉に、そいつは 咽込んだような音を上げると腹を押さえ肩をプルプルと振るわせている。笑っている?


 「おい、聞いてるのか!」


 ――ぶはははははははははははははははははは!!!!


 将之の言葉が引き金となったか、勢いよく体を反り返し、盛大に笑い散らかした。さながら子供のような遠慮のなさは、成人じみた相手がやれば無性に腹立たしい。


 ようやく気が済んだのか、名も知らぬそいつは口を開く。


 ――はぁあ、仏さんはよかったなぁ。じゃあどこに行きたい? 天国か? 地獄か? はたまたここで一緒に暮らすか? くふふふ。


 「……なんだよこいつ」

胸糞悪くなることこの上ない物言いに、将之はそれ以上、何も言わず背を向けた。


 ――おいおい、つれねぇなぁ。俺たちの仲じゃないか。


「お前みたいな得体の知れないやつに知り合いはいない。くそ、早く終わってくれよ」


将之の願いも虚しく、そいつの言葉は途絶えることはなく耳障りな声が鼓膜を震わせ続けた。


 ――なぁ、さっきまで俺の力使って楽しかっただろ? 


「力……はっ!」

そこで将之の脳裏に浮かんだのは、燃え盛る家々や不安や怯えた村人たちの表情。そして、和琴さんの脇腹に拳をめり込ませた時の感触。


「あ、あぁ……」


――まぁまぁいいじゃねぇか。一度きりの生涯だ。欲望に忠実で図々しくよ。


「違う。俺は」


――違わない違わない。今までは周りに気を取られて、自分を押し殺していたんだよ。それがどうだ。さっきのあの破壊衝動に憎しみのこもった拳! あれが本来のお前なんだよ。いやー、やっと面白くなってきた。


 「違うって! 俺はーー」

 何かを振り払うように大きく腕を振り回す将之の目の前に、ニカっと白い歯が浮カビ上がると、そいつは続けた。


――俺の名は『ーーーー』。今回は顔合わせってことで、これからも仲良くしようぜ。なぁマーサーユーキー?


 「ぶはっ!?」

 将之は目を覚ました。

 息が苦しい。酸素を取り入れるたびに胸の辺りを潰されるような鈍痛。全身から溢れ出た汗を吸った服が体に張り付くのを感じ寝覚ねざめの悪い。しかし、将之が一番に感じた不快感はーー。


 「俺、生きてる? 死んでない」

 喪失感を覚えつつ、将之は現状を把握するために、辺りを見回す。

 その部屋は至る所に松明がたかれており、薄暗い。どこか緊張感のある一室にいるようだ。


 部屋だけではなく、俺は全身を白い布のようなもので体を包まれており至る所に漢字で書かれた札が貼り付けられている。天井高く吊るされ、さながらさなぎのようだ。


 俺は一呼吸おき、冷静に起きたことを反芻はんすうする。確かにあの時、鬼の女性、和琴さんに受けた最後の一振りによって首を飛ばされたはずだった。それなのに体は無傷で痛みも一切感じない。


 だが、首はこの通りくっついている以前に俺は生きている。


 「これは?」

 違和感に気づくと、首に何やら巻かれているのがわかった。全身を包む布とは別の感触。木材のようだが、なぜか不快感を感じる。外したい。


 「あらあら、目が覚めたようねぇ」


 突然の声に身振るわせる将之。

 この部屋には俺以外に誰もいなかったはず……。


 どこからともなく現れたのか、目の前には確かに、人の姿が見えた。それも一人だけではない。声音の主を含めて五人が中央にどんと構えられた白模様のテーブルを囲むように各々の威圧感を放っていた。そしてそこに彼女がいた。


 「和琴……さん」


 彼女は一度こちらをみたが、すぐさま視線を外した。それと同時に、先ほど聞こえた声音が将之の鼓膜を震わす。


 「さぁ、さっそく話し合いを始めましょう。彼を生かすか殺すか」


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