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第30話 女に二言はないなんな

『なんか面白い人だったね』

『Yes。しかし、じろじろ、見る。不快』

『でもきっと悪い人じゃないよ』


 カウンセリングが終わり、アキは校舎を出る。

 校庭では野球部が練習を行っていて、威勢のいい声が上がっていた。


 アキはそれを横目に体育館裏に回ると、屋根上に向けて顔を上げる。


「やっほー。アキくん。学校はどう? 楽しいべ?」


 そこにいたのは【B】だった。

 今日はでっかい銃とか大砲は持っていないんだ、と思いつつ、嘘の笑顔を作ってみせる。


「それなりにね。でも君がいるのはちょっと困るかな」

「オイオーイ。そんな邪険にすんなってー」

「何か用?」


 【B】は相変わらずの調子で手をひらひらさせるが、アキは声を冷たくして聞いた。

 この正体不明の女子高生に付き合っていると話が長くなる。


 人通りの少ない体育館裏とはいえ、なるべく端的に済ませたかった。


「前とお変わりない? って聞きたくてさ。なんか思い出した?」


 その言葉に、アキは彼女と出会った直後に感じた頭痛と、ねじ込まれたような記憶を思い出す。


「まぁね。あれは何?」


 嘘をついても仕方ない、と素直に言ったが、意外にも【B】は関心は薄かった。


「知らね。あたしはお姉ちゃんに言われたことしてるだけだから」

「お姉ちゃん?」


 しかし、アキは彼女の言う単語に引っかかるものがある。

 復唱してみるが、【B】は両手を空に向けて上げた。


 詳細を話す気はないらしい。


「じゃあ【B】さんに何か聞いてもわからないのかな」

「まーね。試してみる?」


 挑発するように言われ、アキは首を横に振る。


「ここではあんまり暴れたくないなぁ」

「ドーカン。こっちだって目立ちたくないし?」


 どうやら、【B】も挑発してきた割には戦う気はないらしい。

 本当にあの宝玉を影響はどうだったかと聞くためだけにここに来たようだ。


 けれど、その時――。


「アキ!」


 ――体育館の角から出てきたのはマリアだった。

 手には拳銃を持っていて、【B】に向けられている。


 そして、警告も無しにマリアはその引き金を引こうとした。


「おうおう。そんな距離じゃ当たん――」

「待って! マリア!」


 銃声が響く。

 へらへらと笑っていた【B】が動きを止め、屋根から落下する。


「ううっ……」


 そのときにはすでにアキは自身の体をギアを引き上げていた。

 マリアの拳銃が当たったとしても、あんなものが【B】に効くとは思えない。


「痛っ……くないけど何してくれてんの?」


 案の定、ドサッと足から着地したBは片眉を上げて、マリアを睨む。

 Bの着ている学生風のベストのお腹に、紫の血が滲んでいくのが見えた。


「死ぬ~……ッかぁ!?」

「マリア!」


 すでに顕現させていた【無銘】を片手に、アキは地面を蹴る。

 一瞬早く動いた【B】を追い抜き、その手に持ったナイフがマリアの喉を切り裂くのを受け止めた。


「困るよ。ここで暴れたくないのに」

「その女が始めたんっしょ。なら関係なしなんで」

「どうしても?」

「女に二言はないなんな」


 互いにせめぎ合う刃は微弱に振動していて、止まっているように見えるのに眩い火花を散らしている。

 【無銘】は一番最初に手に入れた剣だとしても、その切れ味は鋼鉄程度なら余裕で切り裂くほどだ。


 それを受け止めるということはこのナイフも魔力で編まれたものなのだろう。


 本気でマリアを殺そうとしている。


「ねぇ、【B】さん。に手を出すなら」


 アキはそのとき、自分でもわからないドス黒い感情が沸き上がるのを感じた。

 重く、ネバつき、そして火をつければ一気に燃え上がるような殺意。


 それをアキは抑えることはできない。

 他の誰を犠牲にしても、ここで彼女を守るためならば――。


「――殺す」

「ッ!」


 瞬間、【B】が派手にバック転して距離を取る。


 そこから再度仕掛けてくるかとアキは思ったが、【B】はやる気をなくしたようだ。

 ナイフを手の中で回し、胸元についた鞘へ収める。


「……君がそういう感じなら今回はベッケンバウワーかな」

「意味わかんないよ」


 ツッコミを入れつつアキはマリアを守るように片手で引き寄せた。

 並みの魔物よりも遥かに脅威度の高い女子高生を前に、アキは油断をしない。


 だが、やはり【B】にはもう戦いの意志はないようで、軽くジャンプして体育館の屋根に飛ぶ。


「やるならちゃんと準備してからってことっすよ~。んじゃ、オサラバー」


 そんなことを言いながら、【B】は跳躍してどこかへ行ってしまった。

 飛ぶ瞬間にパンツが丸見えだったが、まったく嬉しくない。


 アキは深くため息をつく。


「あ、アキ……」


 すると、顔に暖かい吐息がかかった。

 気がつくと、マリアの顔が至近距離にある。


「ん? あっ、ごめん!」


 無意識に抱き寄せてしまったせいだ。

 アキは慌てて体を離すと、なんとか取り繕うと声をかける。


「ま、マリア、怪我はない?」

「あ、ああ……」


 危ないところだったというのに、マリアは顔を赤らめていた。

 それを見て、アキも今になって恥ずかしくなってくる。


 少しの時間、二人に微妙な雰囲気が流れた。


 仕方ないとはいえ、迂闊に女性の体に触れてしまったことをアキは後悔する。

 けれど、さっきの自分の殺気はなんだろう、と同時に思った。


 たとえ襲われるのがマリアでなくとも守っていたことには変わりはない。


 けれど、なぜ自分は――……。


 と、考えていると、ピリリリ! という電子音が大音量で響き渡る。

 何事かと思い、自分の体をまさぐると、それは槇原から渡されたスマフォだった。


 マリアのスマフォも同じように音を発していて、彼女は素早くそれを確認する。


「【緊急招集命令:202C】だ! 行くぞアキ!」

「えっ? どこに? なにこれ?」

「いいからついてこい!」


 それまでの雰囲気はどこへ行ったのやら。

 アキは前と同じように襟首を掴まれ、マリアに連れていかれるのだった。

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