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第41話 【天翼】

「「「――ッ!」」」

「シルヴィーナァァァッ!」


 瞬間、セルヴァーンだけではない。シルヴィーナを除いた7人が一斉に【天翼】に向かって得物を繰り出した。

 【天翼】との距離は約20歩。7人がほぼ同時に攻撃を仕掛けた。そのはずが――。


 ――ダールトンの棘付きの鉄球は両断され、繋がれていた鎖が虚しく空を切る。ブルーナの鞭の先端は剣の柄頭で打ち返され、レイミュールの放った矢は素手で掴まれた。ヴェネリオの細剣の突きは受け流され、ザルドルの戦鎚と接触し砕け散る。そして、ネレーオの炎を纏った2振りの剣を弾き返すその流れで、セルヴァーンの長剣と鍔迫り合いになった。


 それが、この一瞬で起きた出来事だ。


 なんという速度、剣裁き、膂力。


「こ、これが貴様の――ッ」


 セルヴァーンは刃同士が触れて激しく散る火花の奥の【天翼】に叫ぶ。

 だが、【天翼】は無表情のまま、セルヴァーンの腹に蹴りを入れてきた。


「お前と話す舌など持っていない」

「ゴハァッ――!?」


 だが、セルヴァーンは耐える。口の中に鉄臭い液体がせり上がってくるが、剣を構えた。

 見据えた【天翼】のその後ろで、初撃を潰された英傑たちが再び飛びかかるのが見える。


「食らえぇぇぇぇッ!」


 得物を失ったダールトンが繰り出す剛腕は、まるで背中に目があるように身を振って避けられた。

 そして、振り向きざまに下から上へ一閃された白刃によって、ダールトンの身体は真っ二つに裂ける。


「おのれッ!」

「待てッ! 態勢を整え――っ!?」


 セルヴァーンが制止するにも間に合わず、ヴェネリオが砕けた剣の刃だけを持って前に出た。

 白い翼を広げての猛烈な勢いの突進。だが、それを【天翼】がコマのように体を回して受け流したあと、ヴェネリオの首から上は無くなっていた。


「ちぃぃぃ! 女だけでも――ッ!」


 【天翼】が守っている少女に、苦し紛れにネレーオが斬りかかる。

 セルヴァーンも同時に飛び込もうとしたが、あることに気づいた。


 少女は目を閉じて、安心しきった顔で薄く笑っていたのだ。


 殺気は感じない。だが、その仕草がセルヴァーンの生存本能に警笛を鳴らしている。

 そのとき、キンという金属音がした。


 見れば、【天翼】は腰に差した曲刀を鞘に納めている。


 瞬間、風を切る音と共に、ネレーオの体が不可視の斬撃で切り刻まれ、肉片と化した。


「ありえん……! 我々は人であることを捨ててこの力をッ……!」

「その程度で俺に勝てると思ったか?」


 見れば、すでに【天翼】はセルヴァーンの間合いの内にいる。

 白い剣を大きく上段に構え、力を溜めた一撃が来ると見た。


 恐らく、これを受けきることはできない。


 セルヴァーンが死を直感した、そのとき。


「騎士団長殿ぉぉぉッ!」


 ザルドルが【天翼】とセルヴァーンの間に戦槌を掲げて割り込んだ。

 彼奴ならばあるいは、とセルヴァーンは鉄の骨組みに飛ぶ。


 だが【天翼】は相手が変わったと見るや、剣に魔力を込めていた。

 そして、繰り出される一撃。魔力を込めた剣が戦槌に叩きつけられ、周囲に強力な衝撃波を放つ。


 凄まじい揺れに鉄の骨組みが崩落する中、砂塵の舞う地上に残ったレイミュールとブルーナの叫びが聞こえた。


「セルヴァーン様! ここはお退きくだ――ガッ!?」

「我らの仇を頼み――あぎゃッ!」


 セルヴァーンは風の力で骨組みの最上階に上がり、砂塵の収まった地上を見る。

 そこではすでに事切れたレイミュールとブルーナの体が無残にも倒れていた。


 ザルドルに至っては骸すら残らず、槌頭の割られた戦槌だけが落ちているのみだ。


 その傍らで、青く光る瞳をこちらに向ける【天翼】の姿がある。


「くっ……! あの魔の者の策を使う他、止まらんか!」


 取り出したのは小さな箱だ。だが正確な四角形ではなく、蓋の空いた木箱のような形をしている。

 それをセルヴァーンは言われた通りに、素早く2回握る。


 すると、骨組みだけのこの建物の各所から爆発が生じた。

 轟音と爆炎の中で、【天翼】の視線に恐怖を感じ、セルヴァーンは歯噛みする。


「【天翼】め! 必ずやこの私が貴様を討ち取ってみせる! 必ずな!」


 自分自身に刻むようにセルヴァーンはそう叫ぶと、崩落しつつあるその場から飛び去るのだった。


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