「各隊陣地変換! 飛来する落下物に注意しろ!」
槇原は爆炎の上がった建設現場を見つつ、無線に向かって叫ぶ。
夜空からは見えないコンクリートの破片が降り注いでいて、複合材で出来たヘルメットに当たって硬質な音が響いていた。
「やることが派手っスねぇ……」
「あの色はC4か? どれだけ運び込めばあれだけの規模になる?」
乗ってきた装甲車の影に隠れながら、長渕と武田が呟く。
戦闘行動中に余計なことを喋るなと言いたいところだが、槇原も目の前で起こったことを吐き出したい気持ちは一緒だった。
果たして、あの爆発でアキとマリアはどうなったのか。
アキに装備として渡しておいたマイクからは途中から轟音だけが聞こえていて、その安否はわからない。
と、そのとき、ブーツで装甲を踏む音が聞こえて、足元に広がる影に気づいた。
槇原は反射的に小銃の安全装置を外して上に向ける。
そこには光る翼を広げた人物がいた。
「槇原さん」
「アキくん……! あっ……!」
アキの腕にしっかりと抱え込まれた銀髪の少女を見て、槇原は思わず安堵の声を上げる。
「姉上、申し訳ない」
「マリア! 無事でよかった……!」
槇原の反応にアキが気を遣ったのだろう。
滑るように装甲車の上から降りると、マリアを槇原に預けてきた。
槇原は遠慮なくその体を受け入れると、ぎゅっと抱き締めて髪を撫でる。
マリアは血が繋がっていないとはいえ、何年かを一緒に生活し、義理の妹として可愛がった存在だ。
もし何かあればと内心、気が気でなかった不安が解けて、思わず涙をこぼしそうになる。
「姉上……?」
と、それを見てか、アキが不思議そうに呟いた。
槇原がひとしきりマリアを抱き締めて解放すると、その細い手で槇原を指し示す。
「アキ、槇原一尉は私の義理の姉になってくれた人だ。この世界に来て、何もかもわからない私の世話をしてくれた」
「そうか……。槇原さん、感謝する」
「そりゃいいけど……。あの爆発はなによ!? 状況がさっぱりわかんないんだけど!」
都心の一画で起きた大爆発を前に、まったく動揺していない2人に槇原は声を荒げた。
すると、アキはマリアと顔を見合わせて、ややあってから口を開く。
「敵は1人だけ仕留め損ねた。すまない。……あの爆発は恐らく【ジョーカー】の装備だろう」
「【ジョーカー】……。なるほどね。裏で手を引いてる組織の人間とかはいなかった? 他に情報は?」
「む……」
槇原がいつもの癖で問いかけると、アキは若干苦い顔になった。
そして、顔を背けて気まずそうに言う。
「……少し頭に血が昇ってしまった。なにやら俺と因縁がありそうだったが、つい手が出てしまったんだ」
「やるっスねぇ……!」
「武田、お前は黙ってろ。……はぁ、つまりロクに話も聞かずにぶっ殺しちゃいましたってことね」
「ああ」
ああ、じゃないわよ! と心の中でツッコミながら、槇原は装甲車に手をついて無線に話しかけた。
「……CP。ブレイズと保護対象の生存を確認。敵対存在1人は行方不明、追跡不能。指示を乞う」
『こちらCP、アリエスリーダー。当該エリアの現乖侵食度数は正常値です。警戒しつつ、現場での調査任務へ移行してください』
「CP、了解。……ほら、お前たち仕事だ。」
手を叩いて促すと、素早く部下たちは動き始める。
そんな中、手持ち無沙汰になったアキに、マリアが何か耳打ちしていた。
アキが軽く頷いて了承の意を示すと、マリアがこちらに向き直る。
「姉上。すまないが、少し2人で話をさせてほしい」
「……まぁいいわ。後片付けは大人の仕事。はいはい、いってらっしゃい」
「ありがとう」
言うや否や、マリアはアキに飛びついて、アキも真顔でお姫様抱っこで受け入れる。
そして腰に畳んでいた光る翼を広げると、夜空に向かって跳躍していった。
そんな2人を見て、槇原は少しだけジェラシーを感じた。
「勇者とお姫様の逢瀬ってわけね」
「お姫様は別にいるって話じゃないんスか?」
「雰囲気の話よ」
ふぅ、と槇原は息を吐くと、頭を仕事モードに切り替えていまだ炎の燻る現場に向かうのだった。