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その昔、うちの冷蔵庫はどこか知らない場所に繋がっていたらしい。
らしい、というのは僕はその事を曾祖父ちゃんと曾祖母ちゃんの日記でしか知らないからだ。
けれど二人のおかげで僕が居るし、今の世界がある。
この世界が出来上がるまでにそれは壮大なドラマがあった。その原点がうちの冷蔵庫だ。そう考えると、うちの冷蔵庫の功績はかなり大きい。
これは僕の家に代々伝わる、曾祖父ちゃん《ヒロキ》と曾祖母ちゃん《シャルロッテ》の謎素材と謎料理との格闘記録である。
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◇ 令和7年。4月。
事の起こりはこうだ。田舎が嫌でとにかくお金も無いままに上京した俺は、皆から止められるのも聞かず安い六畳一間のボロアパートに引っ越すことになった。
もちろん家具も何も無い。あったのはこの部屋の中で異様な存在感を放つ扇風機だけだ。
けれど、生命を維持するために必要なアレが無い。そう、冷蔵庫だ。
「とりあえず家具よりも何よりも冷蔵庫はいる!」
食材が痛むのが怖い俺は、意気揚々となけなしのお金を握りしめて近くにあった唯一のリサイクルショップに向かった。
そこで見つけたのが、この様子のおかしい冷蔵庫だ。
店内に入った俺はまず店先に置いてあった冷蔵庫を念入りに見て回った。一人暮らしなので大きな物はいらない。かと言って小さすぎるもの駄目だ。
大きすぎず小さすぎない、3人家族向けぐらいの物が丁度良い。何故なら食べる事が好きだから。
そんな訳で理想の相棒を探していた訳だが、店先にある物はいわゆる宣伝用なのだろう。値段がお高い。とにかく高い。
「あの~すんません、冷蔵庫ってこれだけですか?」
仕方なく俺はレジ奥で暇そうに耳かきしていた顔中ピアスだらけの若い店員に声をかけると、店員はちらりと俺を見るなりレジのすぐ隣に置いてあった冷蔵庫を指差した。
「え!? こ、これ?」
「そっすね。後はこれしかないっす」
俺はゴクリと息を呑んでその冷蔵庫を見つめた。
形は普通に四角だ。色も白で俺の求めているぐらいの大きさで丁度良い。
けれどその他がよろしくない。
拭い切れなかったのか、点々とついた血痕っぽい赤いシミ。剥がしきれなかったのか『デンジャー!』と書かれたビニールテープの切れ端、極めつけはまるで何かを封印でもしているかのような数々の御札。
明らかにこのままで売ってはいけない代物である。
「あの、これ……売り物なんすか?」
「そっすね。このままだったら3万ってとこっす。昨日入ってきたとこなんで洗浄とか掃除とか出来てないんすよ。動作確認だけしてとりあえずここに運んだだけ」
「あ、そういう」
なるほど。それなら納得だ。
ってそんな訳あるか! どこからどう見てもヤバい冷蔵庫に誰が手を出すと言うのか!
そんな俺の考えなどまるでお見通しだとでも言うように店員は続けた。
「ちなみにこっちで洗浄やら掃除やらしたら、店先に置いてある冷蔵庫と同じぐらいの値段になるっす」
「これにします。このままで良いんで」
それを聞いて俺は秒で決断した。動作確認が出来ているのなら良いではないか。その他の事など些細な問題だ。卵ポケットがついていればそれで良い。
こうして俺の六畳一間の城に様子のおかしい冷蔵庫がやって来た。
店員が言っていた通り様子がおかしいのは見てくれだけで、ちゃんと動くし冷える。氷も出来た。
俺はそれからほぼ半日かけて冷蔵庫をピカピカに磨き上げ、何をやっても取れなかった呪いのような赤いシミには、拙いながらも赤と緑の油性ペンで花びらや葉っぱなどを良い感じに描き足し、昭和レトロ感を出してどうにか誤魔化す。
怪しい御札も変なテープも取り払うと、もうすっかり可愛い相棒だ。
「ふぅ! なかなか良いんじゃね!?」
俺は相棒の肩(冷蔵庫の側面)を軽く叩くと、中で冷やしていたビールを取り出した。
ついでに窓を開けると、夕風がそよそよと入り込んできて心地よい。
「こうやって見ると案外、良いじゃん」
目の前を流れる川が夕焼けに染まっていくのを見ながら、この時の俺は呑気に自分とビールに酔っていた。
事件が起こったのは冷蔵庫がやってきて半月ほど経った頃だ。
俺は2つのバイトを掛け持ちしながら暇を見つけては料理をしてタッパに作り置きをしていた。田舎育ちでやる事も無かったので、生活に困らない程度の料理は出来る。