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第2話『最後に頼れるのはネッ友』

 そんな訳で俺はいつも大体1週間分の日持ちするおかずを作り、冷凍したり冷蔵したりしていた。


「あれ? あれ!?」


 ところがある日、バイトからヘロヘロになって帰ってきて、昨夜から楽しみにしていた筑前煮を食べようと冷蔵庫を開けると、何故か何も無い。


 筑前煮どころか、1週間分の作り置きがごっそり無くなっていたのだ。


「え!? な、なんで!? 何が起こってる!?」


 俺は全てのドアを開いたり閉じたりして何度も中を確認したが、やはり何度見ても何も無い。


 その代わり、何故か卵ポケットに薄気味悪い色の細長い物体が綺麗に並んでいた。


「き、き、きやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺はまるで女子みたいに絹を裂くような悲鳴を上げて、後ろに倒れ込み尻もちをついた。その拍子に冷蔵庫に足が当たってしまい、卵ポケットから奇妙な物体が一つ転がり落ちてきて割れる。


「ひぁぁぁぁぁ!!!!」


 割れた物体からはドロリとした綺麗な桃色の丸くて柔らかそうな物体と、その周りを包み込むようなゼリー状の透明な膜。色はあれだが、どうやらこれは卵のようだ。でも何の?


 こんなピンクの黄身を見た事が無い。いや、黄色くないので黄身ではなく桃身だ。


「はは! 桃身て!」


 自分で考えて思わず声を出して笑った俺は、もう一度卵らしき物を見つめてそのまま意識を失った。


 翌朝、目を覚ました俺は起き上がってまだ開いたままの冷蔵庫を見てハッとした。どこまでが夢でどこまでが現実だったのか分からない。とりあえず「桃身て!」と言って笑った所までは覚えている。


 冷蔵庫を閉めて股の間を見ると、そこにはやっぱり桃身が居た。カピカピに乾燥していてゼリー状の部分はもう無いが、どうやら全て夢ではなかったらしい。


「どうなってんだよ……」


 一体何がどうなっているのか、俺はスマホを取り出して検索欄に文字を打ち込んでは消す。誰か同じような現象に陥っていないか、それを調べようと思ったのだが、なんて検索すれば良いのかが分からなかったのだ。


「とりあえず『冷蔵庫、様子、おかしい』っと」


 すると次から次へと同じ質問と回答が出てくる。冷えないとか、変な音がするとか、異臭がするだとか。


 けれど一件も『食べ物消える、気色悪い卵』などはヒットしない。


「どうしたら良いんだ……突っ返すか? いや、でも3万……」


 中古なのでもちろん保証はない。むしろ半月も普通に動いていたし、壊れているにしても壊れ方が斜め上すぎる。


「スレでも立ててみるか」


 寂しい一人暮らしに忙しすぎるバイト。おまけに拭いきれない田舎者感。そんな俺の友人たちは皆、小さな掲示板の隅っこで暮らしていた。


『至急! うちの冷蔵庫の様子がおかしい件について』


 そんなタイトルのスレを立てると、五分もしないうちに一件のレスがついた。


『ラノベのタイトルかよ! で、どう様子がおかしい? 異臭? 冷えない?』

『違う。食材消えて、代わりに変な卵が入ってた』


 友達って有り難い! そう思いつつすぐに返信すると、しばしの間があって違う奴からもレスがつく。


『腐ってるとかじゃなく?』

『泥棒入られた?』

『変な卵ってなに。具体的によろ』


 ここに住んでいる仲間たちは皆、気の良い奴らばかりだ。突然こんな話をしだしても誰も罵ってきたりしない。


 俺は言われた通り卵について説明した。すると——。


『はい、嘘松』

『創作乙』

『写真とか見ないと何とも……』


 などのレスが返ってくる。そりゃそうだ。もしも逆の立場であれば俺もこっち側の意見だっただろう。日常の中に少しだけ面白いことが起こりそうだな~なんてビールでも飲みながら眺めていたに違いない。


 けれど今回ばかりは自分が当事者だ。俺は急いで冷蔵庫を開けて謎卵を一つ取り出し、写真を撮った。ついでに割る瞬間も動画に撮ってアップする。


『これ、何の卵?』

『え、こわ』

『色はエミューっぽくね?』

『形は細長いし亀っぽい』

『亀でエミューって謎すぎん?』

『なんて手の込んだ物を作るんだ。で、どうやって作ったん?』


 創作を疑われているので俺はすぐさま起こった事を一から説明し始めた。この掲示板はリアルタイムに見ている人数が出る。説明している内に閲覧者数が20人を超えていた。


「頼むよ皆~! 俺、明日から何食えば良いんだよ~」


 もう他に誰にも頼る事が出来ない。そんな思いで書き込んだが、信じる人と信じない人の割合は半々と言った所である。

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