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第3話『冷蔵庫の先には』

 そんな中、一つ気になるレスを見つけた。


『それ、多分どっかに繋がっちゃってるんじゃない?』


 この一言に俺は固まった。どういう事だ? どっかってどこ? こんな気味の悪い食べ物を大事な卵ポケットに入れてくる奴なんて、どう考えても正気じゃないんだが? 


『どっかって例えば?』


 とりあえず返してみると、すぐにレスがついた。


『異世界とか?』

「はあ!?」


 この現代で、令和で、異世界などという単語をリアルに聞くとは普通は思ってもいない。あれはあくまでも小説の中の出来事だ。


 さては面白がっているな!? そう思った俺は少々怒り気味にレスを返す。


『ごめん、流石に異世界とかは勘弁して。それならまだ愉快犯が忍び込んで俺の1週間分の食料盗んで変な卵入れてったって考える方が現実味ある』

『それはそう』

『夢あって良いじゃん。てかさ、それ美味いの?』


 そのレスに俺は凍りついた。その発想は無かった。


『いや、流石に食ってねぇわ』

『なんで? 卵でしょ? しかも卵ポケットに入ってたんでしょ? じゃ、食べるでしょ?』

『無茶い』


 そこまで打ち込んで俺はふと思った。例えばこれで目玉焼きなんて作ったら、普通の色になったりはしないだろうか? と。


『ちょっと待って。焼いてみる』

『おお! チャレンジャー! 動画よろ』

『wktk』

『これで真偽が分かるんじゃね!?』

『AIではリアルタイム生成出来ないもんな。ヒロキン今から動画チャット板に移りなよ。そうしたらきっと皆信じてくれるよ』

『分かった。でも顔出しはしないから!』


 流石に顔は出せない。というか、見せられるような顔でもない。可もなく不可もなくが俺の容姿だ。


 言われるがまま同じタイトルで動画チャット板に移ると、すぐさまそこにさっきの奴らが流れ込んでくる。


 この板は皆も参加型の動画板だ。誰かの動画を見ながら意見のやり取りが出来る。


『おー! この機能初めて使うわ』


 最初に声を発してくれたのはこの掲示板で一番仲が良い『トモ』だった。彼はこういう時にいつだって一番に名乗りを上げて引っ張ってくれる頼もしい存在だ。


『恥ずかしいけど、よろしくなの~』


 次に入ってきたのはスレのアイドル『宮』。可愛い語尾でいつもスレに参加していたが、音声チャットになっても可愛い。


 俺はそんな二人に後押しされるかのようにスマホの動画をオンにして掲示板に繋いだ。そしてパソコンでその画面を確認すると、うちの殺風景なキッチンが映し出される。


「映った?」


 初めての音声チャットにドキドキしながら尋ねると、あちこちから沢山の声が聞こえてきた。まるで全員が今この場に居るみたいで少しだけ感動してしまう。


「えっと、それじゃあクッキング開始します」


 そう言って俺はスマホを片手に冷蔵庫を開けた。そこには相変わらず何も無い。何も無いが気味の悪い卵はある!


『ちょ、マジじゃん!』

『やべぇw すっからかんなのに違和感すげぇ』


 皆の声を聞きながら俺は冷蔵庫から3つの卵を取り出した。1つは目玉焼き。そしてもう2つは卵焼きにしようと思ったからだ。


 手際よくボールに卵を2つ割ると、その瞬間部屋の中に大人数の歓声が聞こえてくる。菜箸で小気味よく筋を切るようにかき混ぜてダシを入れると、ボールの中であっという間にピンクのドロドロが出来上がった。


「……この時点で気持ち悪ぃ」

『それな』

『暖色系だと食欲増すはずなのにな』

『ここまでビビッドだと逆に失せるの~』


 皆言いたい放題言うが、俺はこの後これを実食しなければならないのだ。それを考えるとどうにか美味しく出来上がって欲しいものである。


「焼きます!」


 号令をかけて卵焼き専用のフライパンに油を流し込み、卵液を半分ほど入れて手早くかき回すと、端のほうからカサカサと固まりかけてきた。ここらへんは普通の卵焼きだ。


『ずっとピンク!』

『何かヤバいスイーツみたいな色』


 ツッコミが入りつつも俺は慣れた手つきで卵焼きを作りながら、もう一つのフライパンに残った卵を割り入れた。ちょっとして水を少し入れて蓋をする。どうか黄色くなりますように、と。


 けれど——。

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