目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第14話『触手は主食』

「なぁ、何かパン屋っぽい匂いすんだけど」

『はあ!? パンなの!? パンになっちゃうの!?』

『そっから!? ナメクジがパンに!?』

『俺、板前そろそろ30年やってるけど、パン屋の匂いって事は、それ発酵してんのか? これはちょっともう良く分からんな。今日寝込むかもしれん』

『体内で発酵させてるのか……斬新だな。まさか発酵している時の熱量で動いてるのか?』


 感心したようなトモの声を聞きながら、俺は意を決して他の二匹からも小麦粉っぽい物を取り出して捏ねてみた。うん、マジでパンっぽい。


『ヒロキンはパンまで作れるのかよ!』


「いや、見様見真似。誰かパン職人居ないの? こっからどうしたら良いかさっぱり分からん」


 お客様の中にパン職人は居ませんか~? などというセリフが過るが、グッと堪えた俺を他所に全く同じセリフをヤスが叫んだ。流石ヤスだ。


『えっと、パン屋でアルバイトしてるだけなんだけど、それでもいいですか?』


 何だか可愛らしい声が聞こえてきて皆のテンションが上がる。もちろん俺のテンションも上がる。


「全然良いよ! こっからどうしたら良いの?」

『えっと、もう発酵は終わってるっぽいので、まずはオーブンを予熱しておいて、その間に成形しましょう。その時に破裂しないように——』


 多分学生さんであろう少女のパン講座を聞きながら、どうにか捏ねた物をそれらしい形にして予熱の終わったオーブンにぶち込んだ。


 パンを焼くには時間がかかる。俺はその間に触手の外側にカメラを戻した。


 するとそこには抜け殻になった触手の皮が落ちている。


『で、それはどうすんの? 食べる?』

『それも食わす気!? お前、バナナとかも皮ごといっちゃう系? あ、お前さては妹プリンの奴だな!?』


 妹プリンと名付けられた奴は何だかすっかりゲテモノ食いみたいに言われている。可哀想に。そう思いつつ皆に尋ねた。


「バナナの皮は妹プリンでも食べねぇだろ。でもこれ皮なんかな?」


 ヌメリが完全に取れた触手はサラサラしていて手触りが良い。まるで粉でも振ったかのように。そこでふと思いついた。


「なぁこれさ、中身が小麦粉だったら外見も小麦粉なんじゃね?」

『う、うどん……とかにしちゃう?』

『細長く切って?』

『うどん打つ手間省けるの~』

「よし、やってみよう」


 あちこちから応援する声が聞こえてくる中、俺は触手の皮を細長く切っていった。そして湯を沸かしてその中に入れて茹でる。


『やばい。なんかうどんに見えてきたかもしれん』

『俺も』

「安心しろ。俺もだ」


 何だか今までのより見た目は良い感じだ。元の形を知らなければうどんと言われても疑わない。そう思う程度にはうどんである。


 やがて茹で上がったのでそれをお椀に移してめんつゆをかけてみた。するとすっかり釜揚げうどんだ。見た目は。


 俺は知っている。卵にしてもスライムにしてもそうだが、こいつらはこの見た目でことごとくこちらが想像した味の期待を裏切ってくるのだと言う事を。


『で、匂いは?』

「それが無いんだな。では……いただきます!」


 そう言って俺は行儀よく手を合わせてうどんになってしまった触手を箸で一本掴み口に入れ——ぶふぉっ!

『あ、ミント? またミントだった?』


 ヤスの楽しそうな声を聞きながら俺はすぐさまめんつゆを洗い流し、何もかけずに食べた。そう、これはあれだ。


「カレーうどん」

『は?』


 弾幕もクエスチョンマークで埋め尽くされているが、これは誰が何と言おうと、匂いも全く無かったが、カレーうどんである。びっくりするぐらいめんつゆが合わなかった。


「カレー! うどん! 美味しい!」

『マジかーーーーー!』

『ヤベーーーーー!!!』

『待って。つまり触手はなめくじで小麦だけど味はカレーって事?』

『今日はもう寝込む事が決定した。明日、店は休みだ』

『触手、エロいだけじゃなくて美味いんだな』

『てことは~今オーブンの中にあるパンは~カレーパンって事~?』


 宮の言葉に俺はハッとしてオーブンを見た。それと同時にパンが焼き上がる。そっとオーブンを開くと、そこにはドーンと触手の中身だった物がオーブンの中でパツンパツンに膨らんでいる。


『イースト菌も真っ青だな』

「ちょ、これどうやって出すんだよ!?」


 その後、苦戦しつつも少しずつ千切りながらどうにか触手パンを取り出した俺は、一口つまんで食べてみた。


『どうだ? やっぱカレーパンか?』


 トモの言葉に俺は首を傾げる。カレーっぽさは少しも無い。


 けれどこの味はとても馴染みがある。


「……いや、これは焼きおにぎりかも」

『なんで!?』

「分からん。分からんが、とりあえず触手は主食だ。それだけははっきりした」

『そんなダジャレになってないダジャレはいらねぇんだよ!』


 皆から突っ込まれながら、俺はもぐもぐとパンっぽい焼きおにぎりを頬張った。


 香ばしい醤油の香り。そして得も言われぬモチモチとした食感。これは最早パンではない。米だ。


 何はなくとも焼きおにぎりとカレーうどん。とりあえず今日の食事はこれでどうにかなりそうである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?