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第16話『触手の真実』

 冷気が触手に届く場所までどうにか移動していた矢先に、的にしていたのとは違う触手が私の足首にまとわりついた。それを皮切りにあちこちから触手が伸びてきて、あっという間に私は触手に絡め取られてしまう。


「ひぃん! ちょ、だ、誰か~~~!」


 叫んだとて誰も助けには来ない。触手を狩りに来るような人たちは、大体の人が早朝、触手の動きが鈍い時を狙ってやってくるのだから。


 けれど私はルーンの討伐成功祈願を聖堂でしていたばっかりに、出遅れてしまったのだ。


「ちょ、やだ! どこ触ってんのよ! 放して! 放しなさ——あぁぁ~!」


 どうにか抵抗しようとするが、ヌルヌルでベトベトの粘液を身体につけられ、あちこち触られたと思ったら、今度はそのまま持ち上げられてしまう。


 身体に巻き付いた触手たちはそれでも私の身体に巻き付く事を止めず、それどころかどんどん仲間たちが集まってきてしまった。


 やがて私の持っていた杖まで取り上げられて色んな覚悟を決める。


「あぁ……私の人生はこんな所で終わるのね……」


 触手が誰かを殺したという話は聞かないが、誰も触手の中に居た時の事を語らない。きっと何か口では言えないような辱めを受けるに違いない。


「万事休す……無念……」


 目の前の一際大きな触手が口を開き、じりじりとこちらに迫ってくる。触手は粘ついたヨダレのような物を私に垂らし、私はと言えばとうとう触手の口の中に放り込まれてしまった。


 触手の中は思っていたよりも狭く、粉のような物が詰まっている。そこをぐにぐにと押されるように進んでいくと、何やら少し拓けた場所に出た。


 私の身体はもちろん言う事を聞かない。ここに来るまでについた粘液と粉で、まるで揚げられる前の食材のようになってしまっているからだ。


 顔だけはぶんぶん振ってたおかげか粉はつかなかったが、身体は完全に揚げ物である。


「なんなの、ここ」


 首だけを動かして下を見ると、何か黄金色の液体がボコボコと泡立っていた。


「え、なに? まさか私を揚げ物にする気!? ていうか、触手の中にこんな揚げ物する場所があるなんて……新発見だわ」


 呑気にそんな事を考えていると、じわじわとその黄金の液体の中に足から沈められていく。


 けれどいつまで経っても覚悟していたような事は起こらない。というよりも、これだけ泡立っているのに少しも熱くない。何ならちょっと冷たい気がする。


 やがて肩まで身体が浸かったその時、ふとどこからともなく幻聴が聞こえてきた。


『また姉ちゃんは! だから言ったでしょ!? どうして一人で突き進むの! もう知らないからね! パンツで帰りなよっ!』


 これはルーンに止められたにも関わらず一人で敵に突っ込んでスカートを剥ぎ取られた時の声だ。


『シャルロッテってばおねしょしちゃったの?』


 これは、そこそこ大きくなってから友人の家でしたお泊り会の時に、ジュースを飲みすぎておねしょをしてしまった時。


『せんせー! シャルロッテがミルク鼻から吹いたー!』


 これは友人たちとミノタウロスのミルクを飲む競争をした時の事。


『シャルロッテ! 風が強い日に傘で飛ぼうとしないってあれほど言ったでしょ!?』


 さらには強い風で空を飛べるんじゃないかと傘を広げて家の二階の窓から飛びりて、飛べる訳もなく墜落した挙げ句骨折して母にこっぴどく叱られた時の声まで聞こえてくる。


「ひぃぃぃぃ!」


 言わずもがなだが、全て私の黒歴史だ。最後の母の声だけは何だかとても懐かしくてジンとしてしまったが、それどころではない。


 黄金の液体に浸かっている間中ずっと、この辱めは続いた。


 やがて触手は満足したのか私を黄金の液体から引き上げると、また先へ先へと進めようとしてくる。


 と、その時だ。突然身体に纏わりついていた触手の衣がボロボロと剥がれ落ちたかと思うと、何故か触手がその場で暴れ出した。


 のたうち回る触手の体内に私はしばらくしがみついていたが、ふと腰につけていたポシェットが開いて中身が溢れだしている事に気付く。


「もしかして……スパイスに弱いの?」


 私のポシェットには各種武器になりそうな調味料というか、香辛料が入っていた。どうやら触手はそれに触れてしまったらしい。


 その後、触手は散々のたうち回ったかと思うと、今度は私の身体を外へ外へと排出しようとしてくる。


 それに気づいた私はポシェットの中身をあの黄金色の液体の中に放り込んだ。すると、黄金色の液体は通ってきた場所にあったような粉に変わっていく。


「……あれ? ……死んじゃった?」


 これはもしや討伐成功したのでは? 私は完全に動かなくなった触手の砂をかき分けながら、外への脱出を試みる。


 細かい粉の中は歩くよりも泳いだ方が早いと気づいてからは、出口まではほんの一瞬だったように思う。


「あぁ~! 陽の光! 風の囁き! 大地の息吹! 生きてるって素晴らしい!」


 こうしてようやく無事に生還を果たしたのだった。


「……それにしてもとんでもない奴ね……人の黒歴史を全部掘り返そうとするなんて……ああ、怖いっ! でも美味しいから持って帰る!」


 私は大きな触手を背中に担ぐと、そのままズルズルと引きずって帰路を急いだ。あまりにも大きかった為せっかく作った袋に入り切らなかったが、それは別に良い。だって私はたった一人でこの大きな触手を仕留めたのだから!


「くふっ! ルーン驚くかなぁ? 驚くよね、絶対」


 これで今回も無事にあの冷蔵庫に入れる物が決まった。


 触手はこちらでもとてもよく食べられているメジャーな食材だ。あのヌルヌルに野菜を漬け込み発酵させたりしても良いし、輪切りにして酸っぱいレモンドをかけてサラダにしても良い。捨てる所など一切無さそうな触手だが、あの中の粉だけは食べられない。あれは何に使うか正直分からないし、食べようとする奴は正気の沙汰ではない。


 あの日から5日。私は、いや、私達はまた机の上に戦利品を並べて悩んでいた。


「触手は凄く良いと思うけど、これをこのまま入れるの?」


 ルーンが指さしたのは触手の本体だ。


「やっぱり無理よね?」

「無理だよ! 冷蔵庫の大きさ考えてよ! でも僕の持って帰ってきたミノタウロスの上腕二頭筋も怖いよね……」

「怖いわよ! 冷蔵庫の中からゴブリンも怖いけど、身体ぐらいある上腕二頭筋も相当な物よ!」

「だよね。うん、やっぱり触手の先っちょだけにしとこう! 姉ちゃん、三本ぐらい触手の端切って。中身が漏れないように圧着するから」

「ええ」


 こうして、私達は短く切った触手をあの神のような冷蔵庫に入れたのだった。


 どうかまた美味しくて新しい食料が届きますように、と祈りながら。


「ところで姉ちゃん、触手の中で何があったの?」


 興味津々でそんな事を聞いてくるルーンから私はそっと視線を逸らした。


「……とてもじゃないけど、言えないわ」


 あまりにも低く神妙な声に、流石のルーンも何かを察したかのように黙り込んでいた。


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