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「時に姉ちゃん」
「なぁに? 弟よ」
「それは一体何をしているの?」
ルーンが私の手元を指さして呆れたような口調で言うので、私は持っていた長細い縫いかけの網を掲げる。
「網よ!」
「それは見れば分かるんだ。その長さからいくと獲物は触手とかを想定してると思うんだけど」
「ええ! あいつは砂みたいなのが詰まってるからサンドバッグにもなるし、中身を出して肉を詰めて焼いたら超美味しいでしょ? 送ってあげたら、うちの大陸一のシェフも大喜びすると思うの!」
そう。私達はあれからあの冷蔵庫の中にたまに送られてくる不思議料理で今も店を切り盛りしていた。
さほどの量が無いのでどうしたものかと思っていたのだが、宮廷料理のように小分けにして小狡くチマチマ出すことを思いつき、実践しているうちに気がつけば大衆食堂から予約の取れない高級料理店のような扱いになっていたのだ。
見たことも聞いた事も食べた事も無い素材で作られた数々の料理たちは、私達の暮らしを随分豊かにしてくれた。
嬉々として網を縫う私を見てルーンが大きなため息を落とす。
「喜ぶ喜ばないはこの際置いといて。姉ちゃん、触手なんて狩れるの?」
「え?」
「え? じゃないでしょ? 触手はモンスターの中でもピカイチの好色だよ? 姉ちゃんなんかが行ったらあっという間にパクッってされてポイっだよ」
「こ、怖い事言わないでよ」
触手に襲われたという人は今も後を絶たない。
触手という生き物は男女関係なく襲ってきては、まるで味見するかの如く巻き付いてきて体中をベトベトにして最後には体内に取り込まれ、排出されるという。
その間の事は誰も二度と思い出したくないと言うので、恐らく口では言えないような事をされているのだろうと皆は思っている。触手の体内で何をされているのかは謎だが、確かにルーンの言う通り私には少々難易度の高いモンスターだ。
「ル、ルーンくぅん、手伝ってくれるよね? ね?」
「無理。僕はこれから一週間、隣町のミノタウロス討伐に参加するから」
「い、一週間も!?」
「言っておいたでしょ! ほら! ちゃんと壁掛けにも書いてる! どうしていっつも読まないの!」
「ごめんってば! そっか……それじゃあしょうがないね。お姉ちゃん、頑張ってくるよ!」
「いや、無理でしょ。悪いこと言わないからドレンに頭下げてついてきてもらいなよ」
「い、嫌よっ! それならまだ一人の方がマシ! それにほら見て。ちゃんと準備は出来てるのよ」
そう言って私は触手を討伐する為の武器をずらりと机の上に並べて見せた。それを見てルーンは確認もせずに白い目をこちらに向けてくる。
「何で魔法使わないの」
「つ、使うわよ! 一応! 持って行くの!」
「ふぅん?」
完全に信用していない目でこちらを見るルーンの視線は冷たいが、そこまで強く止めないのは触手は対象を殺したりはしないからだ。ただ飲み込まれてアムアムされるだけある。
結局ルーンと喧嘩別れをした翌日、私はお手製の長い網を持って触手の郷へと向かった。
触手の郷にはとにかく触手がうじゃうじゃいる。広い野原にただ垂直に立ってうねうねしながら敵をひたすら待っているのだ。
「ふふん! 今日も沢山いるわね。触手はとにかく動きを止めるのが必須! つまり、氷漬けにしてしまえば良いのよ」
私は触手から随分離れた所から杖を振り上げて叫んだ。
「氷霊の王よ、永久凍土の深淵よりその力を貸し与えよ……這い寄る穢れし触手を、凍てつく戒めで葬り去れ!」
叫んだ途端、杖から氷というか冷気が吹き出した。
ところが——。
「ああ! 困ってる! 冷気が困ってる! 届かない? 届かないのね!? ちょ、ちょっと待ってね、もうちょっと近寄るから。あ、消えないで! お願い、もうちょっと待っ——きゃぁぁぁ!」