「……ふうぅ……」
ダンジョンの中は思ったより薄暗かった。それに少し肌寒い。
厚手のジャケットでも着てくればよかったぜ。
でも、ドローンに貯金のほとんどを持っていかれたから服装が私服しかない。
これが個人じゃなくて事務所に所属していたら、装備一式そっちで貸してくれるんだろうなぁ。個人配信の弱みだぜ。
<っていうか何? 君、護衛とか雇ってないの? 一人でモンスター退治までするの? お金ないんだなぁ>
<やめとけやめとけ。金のないやつが一発逆転狙って個人配信とかするけど、結局金がないとスタートラインにも立てないぜ?>
「い、いやですねぇ。私の場合、ちょっとのお金さえあれば、あとは余裕で巻き返しとかできるんで。できるはずなんで! まあ見てくださいよ。見た上で判断をして欲しいなぁって。ほらさっきも言ったけどこれ初回配信なんで、もう少し広い心でね?」
くっ、こいつら……! 人が折角気分良くやっているのに、どうしてこうも邪魔をするんだ!?
まあいいさ、今はいくらでも好きに言ってろ。
お前たちは今日から私が作り上げる伝説の目撃者になるんだ。最古参のファンとして未来永劫そのことを誇りに持つようになるんだよ。
私は近所の不良中学生から巻き上げたバタフライナイフを片手に、ダンジョンを突き進んでいく。
意外とモンスター出てこないなあ、なんて思いながらも華麗なトークで場をつなぐこと数十分。
ついに第一モンスターを発見したのだ!
「皆さん見てください! これぞ運命の相手、私の初回配信に相応しいモンスターです! あのトロトロで緑色とした見た目、まさしくスライムですよスライム!!」
半ばやけくそ気味に盛り上げてみたが、スライムなんて弱点のコアがむき出しになってる最下級モンスターだ。
これを相手にどうやって視聴者を楽しませればいいんだ?
いや、やるんだよ。私のスマートな立ち回りで盛り上げてみせるんだ!
「さーて、それじゃ早速戦っちゃいますか! まずは小手調べにっと」
そう言うなり私は素早く駆け出して、勢いそのままにナイフで切りつけた。
「よっしゃ! いいぞ! このまま一気に畳みかけちゃるもんね!!」
だが、そこで私はとんでもないミスを犯してしまった。
「……あっ!?」
足元の段差につまずいて盛大に転び、手に持っていたナイフを落としてしまうという致命的な失態である。
「ちょ、ちょっとタンマ! お互いここは仕切り直してよーいどんでまた始めようぜ?! な? な!」
なんて言ったって聞いてくれるわけもない。やつはそのまま私の若々しい肢体に襲いかかろうとして――そのコアを撃ち抜かれた。
「あ!」
振り向いた先には小型ドローン。
そういえば忘れてた、あのドローンは持ち主の警護の為に電撃を飛ばせるようになってるんだっけ? この機能も値が張る要因だった。
ちなみに投げ銭システムと連動していて、払ってもらったお金の分だけ電撃の威力が上がるように設定していたことを今思い出した。
私からは見えないが、その説明は視聴者の動画概要欄に自動で書かれるらしい。
<危なっかしくて思わずお金払っちゃった。怪我はない?>
<このドローン面白いシステムだなぁ。他で使ってるのまだ見た事無いから、これが見れただけ視聴してよかったかも>
キョトンとしてしまったが、それも一瞬で立ち直り、気を取り直して見せた。
「いやはや思わず油断してしまいました。援護の方ありがとうございます! おかげでまだまだピンピンしてますよ! では改めて探索再開といたしましょう!」
これは意外とつかみに成功しているのでは?
そんなこと思いながらも、再び足を前へと進み出すのであった。
その後は私の快進撃。華麗な体裁きに視聴者の投げ銭ボルトの連携で、バッタバッタと倒れていくモンスターども。
やはり天職なのでは?
そんなことを思っていた時、突如地面から巨大な蛇が現れた。
「な、なんだこいつは?!」
突然の出来事だったが、私は咄嵯の判断で蛇の牙をかわし、奴の懐へ潜り込んだ。
そして、渾身の一撃をお見舞いする。
「喰らえぇ! ……刃が立たねぇ!? 手が痺れっ!!!」
どうする? いったん距離をとるべきか?
そんなことを考えている間に、蛇野郎の尻尾攻撃が迫ってくる。
私はそれを間一髪かわすことに成功したが、バランスを崩してしまう。
そこにすかさず追撃の噛みつき攻撃を繰り出す大蛇。
「くっ……。ま、待て!? お前さんが強いのはよーくわかった! でもお互い生態系の上澄みにいる者として知性のある話し合いで穏便な解決というものをだな!?」
私は必死に説得を試みたが、無残にも吹き飛ばされてしまった。
「ふんぐぉあぁぁぁ!? くそっ、こうなったら最後の手段だ!!」
私は大きく息を吸い込み、ありったけの声量で叫んだ。
「助けてええ!! 殺されちゃうぅぅぅ!!!!!?」
すると、ほんの一瞬強烈な光がピカッと辺りを覆ったと思うと――大蛇野郎が黒焦げになって体中からプスプスと煙と音を立てていた。
「はえ?」
その間抜けな声が自分の口から発せられたと気づくのに一瞬時間がかかってしまったが、もしやと思い当たりドローンの方を見るとやはり、またもや電撃の発射口が開いていた。
<いや、いくらなんでも間抜けすぎるよ。ついまたお金払っちゃった>
<はっきり言うて危なっかしいから、このまま援護に回らせてもらうで。感謝しいや?>
投げ銭で援護攻撃をしてくれた視聴者のコメントをドローンが読み上げる。
「い、いやはや。今のはただの偶然ですよ。ほ、ほら。私ってば強いんで。こんなところで死ぬわけないじゃないですか~。でも援護感謝です!」
<わかったわかった。でも、君が死んだら僕たち悲しいよ。だから、無理しないで。ね? いい子だから>
「ははぁ、大丈夫っすよ。でも、きっちり甘える時は甘えさせていただきますんで。今後ともご贔屓に! なぁ~んて」
私のことを心配して援護をしてくれた。つまり私の行動が他人を動かしたということだ。
それはつまり――私の巧みな扇動により視聴者が集まったということと同意義!
やはり配信業……! これぞまさに私の天職に違いない!
まさしく確信した瞬間だぜ!!
でも心なしか水差し野郎が多いような気がする。
そんなわけないか、画面の向こうで見ているのはきっと九割方は心までイケメンなお兄さんのはずだ。
だいたい、ドローンと音声をデフォルトにしているからそんな風に思ってしまうんだな。
今度から設定をお気に入りの男性声優にしよーっと。確か課金すれば出来たはず。
にしても……。
(ふっふん! いや~順調だぜ! このまま視聴者の心をがっちり掴み続けて、リアルでもファンから黄色い声援を投げかけられてプレゼントとかファンレターとかもらっちゃったりして。うひゃひゃひゃ!)
気分は有頂天! 鼻歌まじりにスキップをしながら、ダンジョンを突き進んでいくのであった。
その後も順調にかつスタイリッシュに徐々に強くなっていくモンスターを倒し(て貰い)ながら、ついに最下層までやってきたのだ!