私は震えそうになる足に鞭を打ち、一歩また一歩と前に進んでいった。
すると、その足音に気づいた長谷山がこちらを振り向いてきた。
「――っ!? 誰だ!!? ……佐藤? 君、佐藤聡奈じゃないのか?」
「わ!? お前本名言うんじゃないよ!!?」
今絶賛配信中だぞ!?
せっかくかっこいいニックネーム考えて配信してるのに水の泡になっちゃったじゃないか!
<こいつ思ったよりも普通の名前だったんだな。それであんな無駄に小賢しい名前名乗ってたのか>
<いいじゃないか別に。この年頃ならそういう時期もあるさ。僕は好きだよあの名前、確か『東御堂嶋サエジュウロウ』だっけ? この年頃だと考えたらむしろ渋いくらいじゃないかな?>
<正直、こんな覚えにくい名前名乗るくらいならいっそ本名の方がええやんって思うけどな。……で、どうする? あの黒騎士サマ、気づいてるで>
<普通に考えたら勝ち目は無いけど、君の友達と息をピッタリと合わせれば可能性は無い訳じゃないと思う>
私の直ぐ後ろを飛んでいるドローンから提案を受けた。
でも合わせろって言われても……。
いざ飛び出してみたものの、あの黒鎧めっちゃ怖そう。雰囲気が殺伐としてるじゃん。
ここ日本だぜ? あんなんが地上を歩き回ったら終わりだよ。
とはいえ奴もモンスター、ダンジョンからは外に出ないんだけど。
でもそんな事はどうでもいい!
あの野郎を華麗に徹底的にけちょんけちょんにしないとチャンネルの登録者が増えない! はず。
その為には長谷山の野郎をけしかけて良い感じに援護する! この私が安全圏に居つつ、いい感じに映えて勝つ為にはこれ以外に無い。
「君がどうして此処にいるのか知らないけど。佐藤、此処は危険だ! 今すぐ地上に戻れ!!」
「馬鹿野郎! 友達が化け物相手に頑張ってるっていうのに、黙って引き下がれるかよ! 当然私も加勢するぜ!!」
き、決まった! なんて動画映えする台詞なんだ!!
別にコイツの事なんて友達とは思っても無いが、聞こえのいい言葉で気分を高めてやる。
精々私の配信の為に頑張って盛り上げてくれよ!
「君が、まさか僕の事をそれほど心配してくれるとは……」
へへ、感動してやがる。こりゃあ上手い事利用出来るなぁ。
<このアホ、今絶対ろくでもない事考えとるで>
<台詞と考えが正反対なの、画面越しにも分かるようだね>
<マジでイイ性格してんなこいつ>
ドローンから何か聞こえるが、ローボリュームモードにしてるからちょっと離れただけで全然聞こえなくなるな。
きっと私の渾身の芝居に視聴者全員で感動している事だろう。
「……そこまで言うならわかった。その覚悟に応えて、僕達二人であのモンスターを倒すぞ!」
「おう! やったろうじゃないの!」
こうして私はクラスメイトであるイケメン男子、長谷山琉斗と一緒にブラックナイトと戦う事になった。
うーむ、自分で言っておいて何だけども。これかなり無謀じゃね? だってあいつ、剣とか持ってるし。私はといえば、ナイフ一本だし。
どう考えても正面から攻めるのは自殺行為だ。
となるとこの場合、私の取れる最善の手段は。……やはりかく乱か。
「やーいやーい! そんな重そうな鎧着こんで満足に走れるってのかよ? ウスノロ! トロ助! 亀!」
「佐藤!?」
長谷山の周りを走り回って挑発した。
私の狙いは、ボスの意識を引き付けて、その間に長谷山が攻撃するという作戦だ。
この作戦の欠点としては、私が囮として危険にさらされるって事だ。
でも大丈夫だろう。だって全身鎧野郎だぜ? どう考えても私の方が足が速いだろ。
私は余裕の態度で後ろを鈍足で追ってきているであろう奴の姿を、挑発混じりに見る為に振り返ってみせた。
そしたら……。
「ふぇ!?」
なんと直ぐ後ろをついてきていたのだ! え、何で!?
私の隣を飛んでいたドローン(の向こうの視聴者達)が耳元で囁く。
<聞いたことがある。確かあの手の鎧タイプのモンスターは中身が空洞で、見た目程重くも無いらしい>
<この作戦完全に失敗やな。あの黒騎士サマ、お前より速く走ってるで>
くそぉ、マジかよぉ!? あの鎧の中に人型のモンスターが入ってるんじゃないのかよ!?
「佐藤、危ない!?!?」
「え?」
長谷山の声に反応し、私の背中を切りつけようとしていた鎧野郎の攻撃を真横に飛んで回避してみせた。
背後でスパンと音がすると地面はえぐれており、斬撃の先のあった壁にも大きな亀裂が入っていた。
危ねぇ! でも、流石の私! 華麗に避けて見せたな、カッコイイぜ。
と、思った矢先に、飛んだ先にあった岩に顔面からぶつかってしまった。
「うぐええ!?」
痛い!? 鼻がぁ~、血が出たもう!!
「佐藤!?」
「!? く、くそぉ!!!」
痛がっている私に向かって再び剣を振り下ろそうとする鎧野郎の攻撃を、寝ながら横にコロコロ転がる事で回避。
ああ、その辺の砂利が体に食い込むぅ!
だが、それもなんとかやり過ごして立ち上がる事が出来た。
こ、こりゃ不味いぜ! いつまでもこんな無様を晒してたら視聴者が逃げてしまう! どうにかしてアイツをカッコよく倒さないと……!!
「佐藤、無事か?」
長谷山の野郎があの爽やかな顔で心配そうに近づいて来た。
軽く気に食わないが今は協力関係なんだ。
顔にそういった考えを出さずに素直に感謝する事にした。
「いや大丈夫。けど長谷山、このモンスターは強い。私だけじゃ駄目だ、でも君一人でも勝てない。二人がキチンと息を合わせないと勝てる相手じゃない。そう! 私達二人の友情に賭けて、抜群のコンビネーションを発揮するしか活路は無いぜ!」
我ながら熱い台詞を吐く。
これだけ言えば長谷山の事だ、きっと感動でテンション上げてくれるだろう。
「……それは本気で言ってるのか?」
「勿論じゃないか! 私と君と、この最強のコンビネーションはいつだって困難をぶち破ってきた!!」
「そんな記憶は一欠けらもないが……。そこまで言ってのけるのなら自信があるんだろう。今は猫の手も借りたいくらいだ。 行こぞ佐藤!!」
「おうよ!!」
へっ、チョロい野郎だ。お前との友情ごっこなんてこの配信が大成功を納めるまでだぜ。
その為には、散々利用させて貰う!
とはいえ素早く動いてかく乱する手が使えなくなった以上、私に出来るのはコイツを盾変わりに焚きつけてその隙にチクチク攻撃する事か。
「あいつの相手をしてくれ、私はその隙をついてお前の援護をする! 二人で掴もうぜ、勝利ってヤツをよぉ!!」
「さっきからそのノリはなんなんだ? ……だが、仕方ない!」
長谷山が勢い良く飛び出した。よしよし、これで私は安全だ。
後は長谷山が頑張ってくれればそれで良い。
「ハァッ!!!」
長谷山が雄たけびを上げ、ブラックナイトに切りかかった。
再び打ちあいになる両者。
しかし、勝てないまでもあんな化け物相手に正面からやり合える長谷山の野郎も大概おかしいな。
「でも隙付くって言ったって、こんなバタフライナイフが効くか?」
手元のナイフと全身鎧のモンスターを見比べながら素直な感想を呟く。
そもそも、鎧着込んでる奴に対して有効な武器って何があるんだ?
今この場で最大の武器となると……。
ドローンの方を見る。どう考えてもこれしか方法が無いな。
「え~……と、言う訳でですね視聴者の皆さま。私達でイイ感じに隙を作りますんで、電撃で援護して欲しいなぁって。出来れば高威力出したいんで、投げ銭の程頑張ってくれると非常に助かるんですよねぇ。えへ、えへへへ」
手をゴマすりしながらヘラヘラ笑ってドローンの向こうの視聴者にお願いしてみた。
するとどうだろうか。
<仕方ないな。でも隙を伺うタイミングとかこっちじゃどうにもならないんだけど?>
「ああ、その辺はですね。このドローン、セミマニュアルモードに設定しますとですね、一時間以内で最も課金してくれた方が自由に動かす事が出来るんですよ。コントローラーとかはそちらで用意して貰う必要があるんですけどね。またですね、視聴者の方々の課金を一発に集中する事で電撃の威力をさらに高めるよう設定する事も出来まして……」
私は自分の作戦を懇切丁寧に説明してみせた。