「好きな芸能人は?」「好きなVtuberは?」「推しは?」
大学の友人や合コン、親しくなるきっかけとして聞かれやすいこと類の質問だが、私の答えはいつもつまらない。
「芸能人や二次元に興味がない(キッパリ)」
恋愛には興味があるし、たまに芸能人でカッコいいなと思う人もいる。だけど、単にカッコいいと思うだけで、名前を調べたり作品を見たりはしない。そして数時間経つとそんな事を思ったことすら忘れてしまう。
私、服部朱音は身の回りにいる男性だけが恋愛対象の超現実主義なのだ。
☆☆☆
「ねーキュンラボやってる?」
「やってるー。今日のミッションはやくクリアして西條さんの反応見たいー」
食堂で同級生数人が楽しそうにスマホを見せ合い話をしている。
「朱音ちゃんはやってる?」
「ん?やってない。」
私は興味ありませんという態度を崩さず素っ気なく答えた。
「朱音ちゃんは、こういうの興味ないもんね」
入学して半年。私の性格が分かっているので周りも特段気にする様子もない。『キュンラボ』と言うのは女性向けの恋愛シュミレーションアプリだ。
アイテムをゲットして戦う戦闘ゲームの女性版で、アイテムや巧みな言葉を使い、ミッションをクリアすることで好みの男性との恋を発展させていく。
相手の男性キャラクターはCEOや御曹司・起業家・芸能人・プロスポーツ選手など顔が良くて高年収揃いだ。性格も俺様、ドS、溺愛、犬キャラ、ツンデレなど色んなタイプが用意されているらしい。職業・見た目・性格と自分好みに男性をカスタマイズしてゲームがスタート、ミッションをクリアすると少しずつ相手の距離が縮まり結婚まで辿り着けばゲームクリアとなるらしい。
「今日、西條さんとデートなの」
「光毅くんの台詞、キュンキュンしてやばい」
毎日発生されるミッションとガチャアイテムや期間限定イベントなどで女性が熱中しているらしい。
(ゲームの中の世界で言われて何が楽しいんだろ。それに、そもそも知り合うことが難しい相手との恋愛って現実味がないんだよな。私は顔が特にかっこよくなくても地道に頑張る誠実そうな人がいいんだけどな。)
私の興味はキュンラボよりも学食のメニューにそそがれていた。甘い言葉よりも、うどんに揚げ玉をたっぷり入れてもらった方が嬉しい。疑似恋愛にも届かない非現実的な恋愛にも興味がなかった。
そんな私がとんでもない体験をするのは、それから数日後の朝であった。
パンパカパーン、パンパッパ、パンパカパーン
設定したはずのない古臭い懸賞の当選音みたいな音が部屋に鳴り響く。
(何これ、うるさいなー)
ベッドから手だけを伸ばしてスマホを掴み、開くもメッセージは来ていない。
(今の音、何?他に音が出るものはこの部屋にないんだけど……)
大学進学のために借りた1Rの狭い部屋なので手持ちの荷物は一通り覚えている。考えても身に覚えのない音に不思議がっていると、電子ケトルサイズでオレンジの猫耳をつけたボブで金髪で碧い瞳で蝶のような羽のある女の子が目の前にあらわれた。
「…………。」
目を何度もこすってみるが、猫耳の少女はこちらを向いてにこにこと微笑んでいる。変な夢だと思いもう一度寝ようとすると猫耳少女が話しかけてきた。
「もー、なんなん、へんな夢見たわ、もっぺん寝よ。とか思っとるんやろ。この場面はちゃうやろ、『あなたは誰?』って興味持って聞かんといかんやろ。夢とちゃうわ、起きや。」
金髪と碧い瞳でフランス人形のような可愛い姿からは想像もできない、関西弁なのか分からない方言混じりの威勢のいい子で猫耳少女が言うので、面食らって眠気も吹き飛んでいった。
「え……えっと、あなたは誰ですか?」
猫耳少女の言った通りのセリフを若干片言で言ってみた。
「よく聞いてくれたね、私はシェリ。フランス語で大切な人、恋人って意味の可愛い恋愛キューピッドだよ」
先程の方言全開の口調とは違って、見た目に似つかわしい可愛い声と仕草で自己紹介をするシェリ。
「……。」
(いや、待て待て待て待て。なんだよ、この展開。自分のこと可愛いとかキューピッドってめちゃくちゃうさん臭いんだけど。)
「今、うさんくさいとか思ったやろ?ほんで、なんなん?さっきの電気ケトルサイズって、もちょっと可愛い言い方あるやろ、メロン2個分とか。」
猫耳をつけているだけあって、リンゴ3個分の国民的人気キャラクターへ憧れがあるらしいシェリが先ほどの口調に戻りツッコミをいれる。
「…………。」
再び黙っていると、痺れを切らしたシェリが一方的に話し始めた。
「もー、なんかあるやろー?『ここはどこ?わたしは誰?』とか、『どうなっているの?』とか、なんか聞きたいこととか、びっくりした気持ちとか口に出してー!これじゃ、あんたの撮れ高なくて、尺埋まらへんやんかー!」
「……。」
(尺って何?どこから突っ込んでいいか分からないくらい意味不明なんですけど。ここは私の部屋で、私は服部朱音だっつーの。)
「まあ、ええわ。簡単に言うと、あんたは『キュンラボ』のリアルモニターに選ばれたんやで。パチパチパチパチー。ここ拍手するとこね?ゲームの世界みたいに、ミッションをクリアしてもらうでね。」
「……。」
意味不明度がMAXを超えて思考が停止した。分かったのは食堂で話題に出た『キュンラボ』という単語だけだった。