はやく帰って、『777の書』のつづきが読みたい。
六限目が終わり、帰りのショート・ホームルームがはじまったとき、
私立
風もなく凪いでいる水面を遠目にしながら、来週末に届く、もう一冊も思い浮かべた。こちらは『五つ書』の
・七十二柱の悪魔についての書〈ゴエティア〉
・悪魔と善悪双方の精霊についての書〈テウルギア・ゴエティア〉
・黄道十二宮にまつわる精霊と星の書〈アルス・パウリナ〉
・大精霊についての書〈アルス・アルマデル・サロモニス〉
・魔術と聖なる祈りの書〈アルス・ノウァ〉
これら5部構成からなる魔術書。グリモワール『レメゲトン』は、おそらく200
777よりも、読むのは時間がかかるだろうな。
【グリモワール】とは、魔術を使うための教科書といっていい。もちろん現代に実在する書物で、その多くがラテン語で書かれている。
英訳本もあるけれど、ゆくゆくは大魔術師になることを宿命づけられている晴人としては、あえてラテン語版の写本、訳書にこだわり、読み解いている。
しかし英語が堪能な帰国子女であり、大魔術師になる器を与えられている晴人であっても、古典言語であるラテン語はムズイ。
もう一度いう、ラテン語は超ムズイ。
一年ほど前。おなじく【グリモワール】のひとつである魔術書『赤い竜』の写本を読んだときも、かなりの時間を要した記憶があった。
でも、そうやって暗号を解読するように読み込んでいくのが楽しいんだけどな。
これも智を探求する者であり、いずれ黒魔術を極める者としては身につけるべき教養であり、試練であり、ある種の通過──
「……晴人、おい、晴人って、戻ってこーい」
「──えっ、あっ、ごめん。なに?」
前の席にいるクラスメイト
「三回は呼んだからな」
「悪い。ちょっとボンヤリしてた」
しまった。いつもの悪い癖で、魔術のことに意識が傾きすぎていた。
デカいバックパックを背負った颯真が立ちあがる。
「ホームルーム、終わったぞ。帰らねーのか?」
「本当だ。いつの間に……」
「頬杖をついた晴人が、ボケ―ッと窓の外を見ているうちにな。それにしても、いいよなあ。半目になったボヤ顔でも、美形はサマになるんだからな」
「悪いな。どんな顔でもサマになるのは生まれつきなんだ」
「へー、へー、その顔でいわれると何もいえねー」
颯真と連れだって教室を出ると、廊下にざわめきが起こる。
四方八方から向けられてくる視線は、いつものことだ。
その視線の9割は、女子からのもので、囁きにしては大きい声が耳に届く。
「晴人くんだ。今日も颯真くんといっしょ~」
「ふたりが並んでいると、本当に映えるよね。眩しっ!」
「2位と4位がいるC組……羨ましい~」
2位と4位とは、昨年の文化祭でおこなわれた〖ミスター白河高〗の人気投票のことだ。即日開票された結果、白河高校の全男子生徒のなかで晴人は2位、颯真は4位になった。
このご時世に、校内ランキングなんてつけて大丈夫か、とも思ったけれど、自由参加の非公式の人気投票なので問題はないらしい。
ちなみに昨年の人気投票では、1位から4位までを1年生が占めた。つまり、現在の2年生。
1位は、現在2年A組の生徒副会長の
六破羅市で一番大きな櫻井総合病院の三男。
3位は、2年B組のバンドマンで俺様系の
当然ながら、4人は女子からの人気が高い。スクールカーストでいえば、最上位に君臨する者たちといえる。
2年生になってクラスメイトになった晴人と颯真は、何かと気が合い、こうしてふたりで校内を歩くことも多い。
周囲の視線には慣れっこのサッカー部のエースで高身長の爽やか男子は、「そういえば」と顔を曇らせた。
「再来週から中間テストだな」
「そうだな。でも、2年になって最初のテストだし、そこまで範囲は広くない。大丈夫だろう。それに部活も来週からテスト休み期間に入るから、ひととおり範囲を復習しておけばいい」
成績上位10名に名を連ねる晴人に、颯真は口をとがらせた。
「その余裕さが、うらめしい」
「重ねがさね、悪いな。顔に加えて、頭まで良くて」
「云ってろ。まあ、いいや。それよりさっきはなんで、あんなにボーっとしてたんだよ。体調でも悪いのか? それともあれか、週末はデートか。テスト前のイチイチャ図書館デート的なやつ。『ここわかる?』とか云って知的さアピールする気か、このヤロウ。腹立つ。ダレとだよ。俺の知っている子か?」
早口でまくしたてる颯真に「いまさら知的アピールしなくて、僕の頭が良いことはもう知れわたっているだろ。颯真とはちがって、それこそ1年のころから」と云えば、サッカー部のエースは、口より先に蹴りをだしてきた。
「痛いな」
「ほら、いいから吐けよ。ダレとだ?」
二発目の蹴りが準備されているのを見て、「デートの予定はないな」と応える。
「でも、土曜には美術館に行く予定。現代アートの特別展があるんだ。残念ながら、僕ひとりで。年間フリーパスを使わないともったいないからな」
知性派アート男子に擬態した晴人は、口をとがらせたままのクラスメイトに笑顔を向ける。
「日曜なら空いているから、颯真と図書館デートしてやろうか? 『ここわかる?』って訊けば喜ぶのか?」
「いらねーし」
「遠慮しなくていいぞ」
「してねーし」