目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 15の春

 13歳の少年は、それはそれは楽しみにしていた。


 雲行きがあやしくなってきたのは年末。


 感染力の強い未知の新型ウイルスが流行しだした。有効な治療法、特効薬がないまま世界中に蔓延しはじめ、警戒を強めていた日本でもついに感染者が確認される。


 冬休みに入っていた晴人は、気が気ではなかった。年末年始のイベントは軒並み縮小、中止が発表され、世間的には自粛モードが漂っていた。


 毎日のように「感染者が減っていきますように」と祈っていたが、年明けにはさらに感染者が増えた。全国的な広がりをみせはじめたころ、全国の小、中学校は冬休みの延長を発表。晴人が通うインターナショナルスクールでは、オンライン授業になることが決定された。


 閉塞感がつのるなか、2月4日の午後、楽しみにしていたアニメイベントの中止が公式発表された。その日は、晴人の14歳の誕生日だった。


 やっぱりか……


 こうなるだろうと、薄々わかっていた。


 わかっていたけれど──晴人は荒れた。大いに荒れた。


「どうして、どうして、どうして……こうなる。心の底から渇望しているのに! いつも、いつも、いつも、いつも……僕は、会ってはいけないのか。会って話せるアニメ友だちにっ! う゛う゛ぅぅぅっ……」


 天井に向かって、ひとしきり慟哭したあと。


「そうか……僕は、ひとりなのか。いいさ、たとえひとりでも、己の道を突きすすむのみ。そうだ、それでいい。僕は孤高のヒーロになる。闇を纏いし者となり、孤独と共に生きる」


 独立独行にして、独りよがり。家でのみ、偏屈な少年が誕生した。


「そうだ。はじめから、ダレかと分かち合う必要などなかった。己が欲するがままに、善も悪もなく、たとえこの世のことわりからはずれようとも、僕はすべてを知り、望むものをすべて手に入れる」


 【真の仲間たち】への憧れを捨て去った少年は、


「よし、まず僕は、闇の炎をだすことに専念しよう」


 以前より傾倒していた【闇系ダークヒーロー】になることを決意した。


 しくも世の中は、新型ウイルスの感染拡大を受け、非常事態宣言下の真っただ中。闇の炎の研究をする時間は、あり過ぎるほどたっぷりある。


 インターネットを中心に調べはじめて、


「グリモワール……へえ」


 ほどなく晴人は、魔術の教科書に行き着いた。


 いきなりラテン語は厳しかったので、まずは英訳本を数冊取り寄せる。読みはじめて、すぐに夢中になった。


 悪魔、精霊、天使。


 呪文、魔法陣、シジル。


 召喚、儀式、契約。


 魔術の教科書には、これまでひととおりたしなんできた漫画、アニメの世界が広がっていた。没頭しないわけがない。さらに深く、詳細に知るためには「ラテン語だ……」となったのである。


 そうして一年ほどが過ぎ、新型ウイルスの感染も収束に向かいはじめたころ。都心から六破羅市に引っ越すことを、晴人は両親に告げられた。


 このとき、


「少し遠くなるけど、このままインターナショナルスクールに通ってもいいし、六破羅市にある私立白河高校に入学してもいい」


 両親からは、選択肢が与えられた。


 晴人は迷うことなく「白河高校」を選んだ。なぜなら、私立白河高校には、【アニメ研究会】があることを知っていたから。


 偏屈な15歳の胸に、またムクリと浮かんできたもの、それは──


 アニメ研究会なら、もしかしたら出会えるんじゃないだろうか。


 僕が求めてやまない、真の……


 捨てきれずにいた淡い想いが募った15の春。


 晴人は私立白河高校の正門をくぐり、これまでと同じように、学校では『知性派アート男子』で通すことにした。そして今度は、誰からも話かけられやすいようにと、ミステリアスな部分は無くして、親しみやすい陽キャラをめざした。


 そうすることで、ヴィジュアルS級の晴人は、女子にモテすぎるという避けきれない状況になり、男子からはやっかみブーイングを浴びせられたものの、おおむね良好な関係をクラスメイトたちと築けた。


 あとは……アニメ研究会に入るだけで、僕の高校生活はバラ色だ。


 そう思っていた矢先に、それは起きた。


 5月。待ちに待っていた部活動紹介の日、晴人は知った。


 今年度の部活動の見直し、統廃合によって【アニメ研究会】は、文芸部に吸収される形で、その姿を消していた。


 茫然自失のなか。文芸部の部室をのぞきに行った晴人だが、ガラス窓からそっと様子を覗いて、そのまま立ち去った。


 ちがう。イメージしていたのとは、やっぱりちがった。


 その日、自宅に帰った晴人は、大荒れだった。


「なぜだぁぁぁっあああああ!」


 仕事のため両親不在のリビングにて絶叫。その後、覚えたてのラテン語で呪いの言葉を吐き散らし、悪魔を呼んだ。


 悪魔は召喚できなかったけれど、ダークサイドには両足を突っ込んで、肩まで浸かった。


 こうして心も身体も闇色に染め上げた晴人は、さらに深く、詳しく魔術を探求するようになる。ラテン語も上達していった。


 月日が経つのは早いもので、日々、中二病を重症化させながら高校二年生になり、現在に至る。


 その晴人が、運命の出会いをしたのは、新約聖書『使徒言行録しとげんこうろく』に記されている聖霊降臨ペンテコステの祝祭日、その前日だった。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?