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第3話 偏執狂的批判的方法



 期待に胸を膨らませた晴人は、都心にあるインターナショナルスクールに通いはじめる。


 転校初日──


 温かく迎え入れてくれたクラスメイトたちは、まずは、同学年の平均よりも15センチ以上高い、晴人の身長に注目した。


「ハルト、すごく背が高いね。やっぱり、アメリカでバスケとかやってた? 見た目からして上手そうだなあ」


「絶対、上手いに決まってる」


「そうだ、昼休みにバスケしようよ。俺たち、バスケクラブなんだ」


 アメリカ帰りの少年を、バスケットボール上級者だと、半ば決めつけたクラスメイトたちによって、晴人はコートに連れ出された。


 あとから思えば、ここで運動下手なイメージでもつけておけばよかったのだけど、このときはまだ、そこまで頭が回らなかった。


 それに「ここは日本だ」とも思っていた。


 朝練、昼錬、放課後練習と、部活動でバスケづけの日々を過ごしている猛者たちが見れば、自分のプレイが彼らの期待値には遠く及ばない素人の動きであることは、すぐに露見するだろう──が、しかし。


 昼休みの屋外コートにいたのは、インターナショナルスクールのクラブ活動でバスケットボールを選択している生徒たちだった。


 シーズンスポーツ制度のインターナショナルスクールでは、バスケットボールをするといっても、冬場の三か月程度しかない。


 通年を通して活動する日本のバスケットボール部とは、まったくちがうので……まあ、そういうことだ。


 突如としてバスケの才能が開花する問題児も、持って生まれた類まれなセンスで他を圧倒するような天才もいなかった。


 そのため、高身長の晴人はゴール下に立ってさえいれば、ほぼ確実にリバウンドがとれた。


 家ではアニメばかりみていたが、格闘系ヒーローに憧れ、筋力アップと体感トレーニングは、日々のルーティンワ―クにしていたので、そうそう当たり負けもしない。


 頭ひとつ分ほど高い位置からコートを見渡す余裕もあるので、晴人を誘ったバスケ少年をはじめ、フリーになっている味方にパスを渡すたび、シュートが面白いように決まった。たとえシュートが外れたとしてもゴール下には晴人がいるので、敵チームにリバウンドを取られることはない。


 その昼休みでアメリカ帰りの転校生は、「リバウンド王」と「アシスト王」の称号を手にしてしまった。


 それとは別に転校時、晴人がよく声をかけられたのは、美術の時間。


「さすがに上手いな。遠近感や陰影が……やっぱりセンスかな」


 著名な建築デザイナーと有名ファッションデザイナーを両親に持つ晴人が、デッサンや水彩画などを描いていると、美意識高い系のクラスメイトが、わらわらと寄ってきた。


「陰影もすごいけど、ハルトは色彩感覚が素晴らしいんだよ」


「近未来的な構図もいいね。それに人物画も。この輪郭線を見てよ」


 10代にして芸術分野に造詣があるらしい彼らは、やれ「メトロポリタン美術館は~」とか、「ナショナル・ギャラリー・オブ・アートは~」など、話しかけてくるのだが、晴人の記憶にあるギャラリー体験は、数年前に社会科見学で訪れたペンシルベニア州の自然史博物館くらいなもの。


 もし晴人に、彼らがいう画力があるとすれば、それはもっぱら大好きな漫画を模写しまくっていたからだ。


 しかし、さりげなくそれを告げたとき。晴人は、あきらかな温度差を感じた。漫画を否定してくるわけではないが、反応は非常に薄かった。


「あー、そうなんだ」


「ふーん」


 そこに、晴人が渇望していたリアルな友人たちと漫画、アニメを語らえる雰囲気はひとつもなかった。


 とはいっても、ここは日本で最大規模のインターナショナルスクールである。


 聖域サンクチュアリに集いし、多国籍な【リアルの仲間たち】とは、そのうち出会えるだろう、と、まだ悲観するほどではなかった──が。


 転校から1か月、3か月と経ち、「あれ?」となる。


 いつからか、自分の周りにいるのは、スポーツ系クラブチームに入っている爽やか陽気キャラか。アートな話が好きな個性派おしゃれタイプ。あるいは、黙っていても校内で目立つキラキラ系ばかり。


 スクールカーストでいえば「1軍」と呼ばれるグループに、自分も属していることに気づく。残念ながらそこには、漫画やアニメ、日本のポップカルチャーについて、熱く語れる相手はいなかった。


 そうこうしているうちに、整った容姿に加えて成績も上位の晴人は、1軍のなかでもさらに上位のグループにかちあげられていた。


 とくに、美術の成績は群を抜いて良かったせいで、


「独創的にしてファンタジックな絵を描くハルトは、まさに現代アート系男子だね」


「知性派でもあるよ。このリアルに描かれた構造物をみてよ。魔法と科学が融合しているようだ。幻想的でありながら近未来的な思考を持ち合わせている」


「ハルトの強みは、形にとらわれない自由奔放さがありながら、どこか規則性のあるところ。なんというか神秘的……ハルトはミステリアスなんだ」


 このようなプラスアルファなイメージが定着し、賞賛を受ける日々。


 もしも、このあたりで、自己を抑制しつづけてきた主人公が感情を爆発させるように、


「僕は、そんなんじゃないっ! 現代アートよりも、漫画とアニメが大好きなんだ! 日本で出会いたかったのは、漫画の尊さとアニメ愛を語り合える【リアルの仲間たち】なんだ!」


 晴人も自分をさらけだしていれば、良かったのかもしれない。


 そうすれば、いまとはちがう別の友だちと知り合えていたのかもしれない。


 けれど……


 晴人にはそれができなかった。


 というのも、転校初日。自分を温かく迎え入れてくれたクラスメイトたちには、とても感謝しているし、現代アートのみならず古典から前衛芸術にいたるまで、幅広く語り合う彼らのことが、決して嫌いではなかった。いつか、漫画とアニメのことも芸術として捉えてくれるのではないか、という期待もしていた。


 それから、じつのところ「ミステリアスだ」と云われて、悪い気がしなかった。いや、正直なところ、かなり嬉しかった。


 なぜなら、ちょうどこのとき夢中になっていたダークファンタジー・アニメに登場する、準主人公のミステリアス系キャラクターに、晴人は心酔していたから。ちょっと想像して、寄せてみてもいいかな、と思った。


 つまりはここが分岐点だった。


 ある日のこと。美意識高い系たちがいつもしているアート談義で、「好みのアーティストは誰か? また、その理由は?」と訊かれたとき。


 すでに自分の中で、心酔する準主人公のキャラに寄せた『知性派ミステリアス系アート男子』のキャラを確立していた晴人は、頬杖を突きつつ、遠くの空へと視線を送ってから、ゆっくりと視線を戻す。


「商業的だとか過剰演出だとか。批判もされてきたけれど、僕は、やっぱりダリが好きなんだ。超現実主義シュルレアリスム。覚醒と妄想の境に見える現実を描く偏執狂的批判的へんしつきょうてきひはんてき方法は、奇才ダリでなければ生み出せなかった。それに、チュッパチャップスの包み紙は最高だよ。あのロゴが、ダリのデザインだって、皆も知っているよね」


 要点がわかるようで分からない。けれど、それらしい言葉を並べつつ、最後にニコリと笑みを浮かべてみせる。自分なりのミステリアス系キャラで応えてみたところ。周囲の反応は期待以上に良かった。


「なんかカッコいい! やっぱり、ハルトは詳しいな~」


「サルバドール・ダリを好きなところが、また素敵!」


「チュッパチャップス、わたしも好き~」


 とくに女子からの評価が高く、「はい、これ~」とチュッパチャップスを貰う日がしばらくつづいた。


 こうして学校では、ハマりキャラとなった『知性派ミステリアス系アート男子』として過ごすようになった晴人。


 しかし家では、引きつづき、鬱々としたものを抱えていた。


「僕は何をやっているんだ。そうじゃないだろ。キャラを演じたいわけではなくて、キャラを語り合いたいんだろっ! 作品について考察したり、深ぼりしたり、もし、あのキャラが生きていたら~的な話がしたいのにっ……ミステリアスなキャラは嫌いじゃないけれどもっ!」


 ひとしきり吐き出したあとは、いつものようにアニメを視聴。インターネット上で知り合えた仲間たちと神作品について意見交換をして、宿題をしてベッドに入る。


 天井を見上げて思った。


 これ、アメリカにいたときと大差ない暮らしだよな。


 ポップカルチャーの聖域サンクチュアリにいるのに、どうして今も、愛するアニメ、漫画について語り合えるのは、インターネット上だけなんだろうか。


 会って話せる【リアルの仲間たち】を、これほどまでに求めているのに。いったいどこで出会えるだろうか……どこで……?!


 13歳の秋、少年はひらめいた。


 そうだ、イベントに行こう!


 来春、世界最大級のアニメの祭典が、ここ日本で開催されるではないかっ!





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