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今、ここに生きる星
今、ここに生きる星
秋濃美月
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年04月21日
公開日
3,597字
連載中
実家の製薬会社がネット炎上した事により一家心中した元女子中学生が 異世界アストライアに転生。 しかし二度目の人生でも、魔族との戦い魔大戦で、伯爵で騎士だった両親を亡くしてしまう。 伯爵の親友の侯爵が養女として転生者であるエリーゼを引き取ってくれたが そのときにはエリーゼはすっかりやる気をなくして幽霊みたいなオタヒキニートとなり 自分はモブとして生きていくつもりになっていた!! だがその彼女にも色々と目立つターンがやってきて……。

第1話 幽霊少女エリーゼ

 エリーゼは湖をのぞき込んでみた。

 冷たい湖は鏡のようにエリーゼの素顔を映し出している。

 湖面に見える15歳の少女は、銀色の長い髪を二本の三つ編みにして腰まで伸ばし、銀縁の眼鏡をかけた孔雀石マラカイトグリーンの瞳は瞬きもせずに自分を凝視している。

 顔色は白いを通り越して青白く、首は影を作って細く、華奢な肩に続いている。

 緑色の目に合わせた緑色のクラシカルなドレスは、彼女の小さな体に合わせて小さめで、たっぷりとフリルやレースをあしらっているため、エリーゼの貧相な体はそのひらひらの中に半ば埋もれているようだった。


(なるほど、ちまたで私が、幽霊少女とあだ名されるのは、わかるような気がするわ)


 エリーゼは冷静に自分の容姿を見つめてそう思った。顔にかかる長い髪は三つ編みにしているものの、弱々しく貧相で、全体的に青白く、小さくて、自分で言うのも何だがちょっと可愛らしい空気があるため、まるで幽霊の女の子の人形のようなのだ。


(華やかさにはほど遠い、腕力は平均以下、中学校の成績は優秀だったけど、私転生者なんだから出来て当たり前、家柄は地方貴族の侯爵……だけど血の繋がらない養女、両親はこの間の魔大戦で戦死。本当に、辛かったけど……でも、何で?)


 凡庸な女子中学生が、異世界の凡庸な女子中学生に転生して、どうやらストーリーの大筋にも絡まない、地方貴族の家から出る様子もない場合。これはなんのための転生なのだろう。

 とりあえず、大好きだった漫画とゲームの世界の一部である事は、知っているのだけれど。


(何で私は生きているんだろう……私がこの世界で生きる意味ってあるのかな……)

 湖の中の自分をにらみ付けた後、エリーゼは、ため息をついてその場の草むらに座り込んだ。現代日本の前世の記憶を取り戻してから、何百回となく考え込んだ事だった。


 考えても考えても意味がないことではあったが、それでも気になる。

 大人気MMOゲーム”アルティメットファンタジー”の漫画展開”ないとなう!”の世界に転生してきた事はわかるが、どの役柄でもなく、物語の中心である帝都から遠く離れた、作中に名前も出てこなかった田舎にぽつんといるとなると、どうしていいかわからなくなってくる。

 エリーゼの前世の記憶が、それなりにそれなりであったため。


 前世の死ぬ間際の記憶がふと脳裏をよぎり、エリーゼは涙ぐんだ。泣かないように奥歯に力をこめるが、次第に鼻がツンとなってくる。

 幸い、湖--アイスシュピーゲル湖の周りには誰もいない。エリーゼは、その場で膝を抱えてすすり泣いた。もう15歳だ。15年以上前の記憶となるのに、まだ昨日の事のように思い出す。あのことは……。


(泣いたって意味はない。お養父様達に心配かけないようにしなくっちゃ。屋敷に戻ったら、泣くのはなしよ。お養父様達には、ただでさえ気を遣わせているんだから)

 機動馬ヴィークルに乗って一人で湖まで遊びに来る程度に、自分は回復しているし、養父母のアンハルト侯爵も自由を許してくれている。そのことに感謝しなければと思い直していると、土手の上を別の機動馬ヴィークルが走る音がした。


「エリーゼ……エリーゼ、どこにいるの!」

(お養母さまだ!)

 エリーゼは、慌てて袖のレースで涙を拭い、平常心を装って立ち上がると、養母のラーエルのいる土手の上の方に駆け上がっていった。


「ああ、よかった。エリーゼ。ここにいたのね」

 風精人ウィンディらしい銀髪と優れた容姿、長命故に若々しさを持つラーエルは、明るく微笑みながら養女の方に歩み寄った。


「お養母様、私……」

 日頃、地方とはいえ侯爵夫人として忙しく、滅多に湖に来たりはしないラーエルだ。

 エリーゼは、自分が勝手に外出した事で叱られるのかと思って、首を竦めている。

 しかし、多忙とはいえエリーゼの事は溺愛気味のラーエルは、満面の笑みでこう言った。


「驚きなさいエリーゼ。あなたは、来年の春から、シュルナウの帝国学院で高校生になれるかもしれないのよ!」


「……え?」

「いえ。安心して、エリーゼ。シュルナウ帝国学院は私の母校。絶対に、あなたを合格させてあげるわ! 私が何もしなくても、エリーゼは成績優秀なんだから合格間違いなしよ。ハインツ、あなたのお養父様が、やっとシュルナウ行きを認めてくれたのよ。エリーゼ。私があなたに、帝国淑女として申し分ない教育の機会を作ってあげられるわ!」

「は、はい……」

 養母の盛り上がりように、養女は怯えたような声で返事をした。


 シュルナウ。

 いわずとしれた、この国……神聖バハムート帝国の帝都である。

 今までは、あんまりにも地方の田舎過ぎて、物語に登場する事もないと思い込んでいたエリーゼだったが、いきなり、養母の鶴の一声で、帝都に引っ越す事になったのであった。


(え……私、物語の表舞台に立てるの……? それはそれで……気が引けるんですけど……)

 この世界における自分の役割がわからなければ不安でならないが、かといって、「登場人物」となるとそれはそれで責任やら脚光やら生じるので面倒くさい。エリーゼはどっちつかずの不安定な気持ちで、曖昧に頷くしかないのであった。



 この世界の名前をアストライアと言う。

 アストライアはMMORPG”アルティメットファンタジー”の舞台となる他惑星。

”アルティメットファンタジー”の世界には、魔王もいれば魔族もいる。その魔王を倒した勇者パーティの活躍を描かれているのが大ヒット漫画”ないとなう!”。


 転生前、中学生だったエリーゼは、MMOにアカウントは持っていなかったが、漫画やアニメの方は丹念にチェックするファンであった。

 転生後、勿論、最初のうちはエリーゼは自分の正体に気づいていなかった。

 エリーゼが転生したのは、神聖バハムート帝国の北方、通称”大雪原”の北西に位置する巨大なアイスシュピーゲル湖のほとりにあるビエルナスという地方都市である。

 そこの領主、ハルデンブルグ伯爵領に、一人娘として生まれた。

 父のハルデンブルグ伯爵クラウスは典型的な騎士、その妻であるディアナも騎士の位を持っていた。

 その二人の間に生まれたエリザベート・ルイーゼ・フォン・ハルデンブルグが転生者の彼女である。通称エリーゼ。他に子供のいなかった両親には随分と可愛がられて育った。


 所で、アストライアにも、子供が罹患する致し方ない病はある。

 エリーゼは5歳の時に現代日本で言うところの風疹にかかり、大変な高熱を出して苦しんだ。

 そのときに、生死の境をさまようことによって、夢にうなされ思い出したのが現代日本の女子中学生だった前世の記憶である。

 これが結構なボリュームのある記憶で、エリーゼはそれを思い出した後、しばらくの間、夢と現実の区別がつかず奇行に走って両親を驚かせた。だが、それも、高熱の後遺症という事にされた。実際に、そうとしか説明がつかなかったのである。


 1週間ほど世迷い言を口走っていたエリーゼだったが、次第に、自分が大人気漫画”ないとなう!”の中に転生した事に気がついて、落ち着きを取り戻した。前世の彼女は漫画オタクであったため、”ゲームの中に異世界転生”という概念を知っていて、自分がそうなったことは理解出来たのだ。

 その後、気になったのは、自分のことを、誰がどんな目的で、なんのために転生させたのかということである。

 例えばダイレクトに世界救済とか、例えば破滅エンディング回避とか、例えば死に戻りでやり直しとか、色々あるだろう。そのどれなのか、さっぱりわからなかったのだ。転生前に、”神”らしきものと話した覚えもないので。


 そうこうしているうちに、ゲームにも、漫画原作中にもある、魔族から人類への一斉侵攻”魔大戦”が始まる。エリーゼが10歳の時である。

 騎士である両親は国を守るために出撃。

 その結果、英雄パーティが魔界の魔王を討伐する作戦中に、コマとコマの間で死んだ。

 名前の紹介もなく、モブとしての描写もなく、台詞一つなく、英雄パーティの最終決戦の手前の海戦で死亡、殉職。

 その後、すったもんだがあったが、エリーゼはクラウスの戦友であるアンハルト侯爵の家に養女として引き取られる事になる。そのアンハルト侯爵がハインツ、妻が先ほどのラーエルである。


 両親の死はショックだったが、それと同じぐらい衝撃だったのが、自分が「モブとしての描写すらなく、コマとコマの間で死んだ騎士の娘」であるという事実であった。

 それでは、自分が何故、ゲームや漫画の世界に転生したのか、本当に意味がわからない。


(何だろう。私って、ここで生きている意味あるの? 何をしに生まれてきたの? 役柄はなんなの? ……勝手に好きに、生きていっていいんだろうか……?)

 そんなとき……。

 両親の死もあって落ち込んでいるエリーゼに、田舎の子供達がつけたあだ名が”幽霊少女”。

 なんだか言い得て妙だと思い、エリーゼは反論する気力もないのであった。


 ちなみに、前世の記憶の中で、彼女の名前は友原ともはらのゆりと言う。


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