朝霧が晴れていく森の道を、静かに風が渡っていく。木漏れ日が差すその中に、俺の仲間になった
白銀の体毛に虹色の光をまとい、額には一筋の角。ユニコーンに似た姿ではあるが、その瞳にはもっと深い叡智と優しさが宿っている。
「おはよう、フィリア。よく眠れたか?」
俺が声をかけると、フィリアはこくんと小さく頷き、ひづめを一歩前に踏み出した。
「相変わらずお上品だな……でも、それがいい」
ルガが軽く吠え、グラフが丸太を積むのを手伝いながら見守る。新しく完成した我が家と拠点は、今や魔物たちと俺たちの大切な居場所となっていた。
アイリスは庭で干し草をまとめ、レティは魔道具の調整に没頭中。そんな折だった。
道の向こうから、ガラガラという車輪の音と共に、賑やかな笑い声が聞こえてきた。
「おーい、やってるかーい! 商売人、ゼム様のお通りだぁ!」
「おや?」
俺が門を開けて迎えると、そこには木製の屋台を荷車に積んだ中年の男がいた。白髪交じりの髭に、丸い眼鏡、そしてくたびれた帽子。
「もしかして、君がこの森の拠点を作ったって噂のテイマーかい?」
「そうだけど……あんたは?」
「おっと、自己紹介が遅れたね。俺は旅商人ゼムってもんさ。年に何度かこの辺りを回って、物を売ったり買ったりしてる。今回は特に、君のところに興味があってね」
そう言って、彼は屋台の布をぱっとめくった。
「薬草、保存食、魔石、鉱石、珍しい道具、そしてこれが目玉!」
屋台の中央には、ぴかぴかに磨かれた鋳鉄製の調理器具、工芸品、そして見たこともない魔道部品が並んでいた。
「へぇ、すごい品揃えだな……」
「ふふ、まあね。君みたいに“森で自給自足しながら商売をしてるテイマー”なんて聞いたら、放っておけなくってさ」
彼はそう言って笑ったが、その目は商人のそれだった。観察し、見極め、価値を測る……だが、どこか人情味のある瞳。
「で、今日は何をしに?」
「ちょいと話をしようと思ってね。お互いに利益のある関係ってのは、大事だろ?」
ゼムと腰を据えて話すため、俺たちはウッドデッキのテーブルについた。
グラフがテーブルの影でじっと見守り、フィリアは日陰で眠っている。ルガは周囲の警戒、ヴァイスは木の上から見下ろし、グレンは遠くの岩場で昼寝中だ。
「君さ……商売、ちゃんとやってるんだろ? なら、ちゃんと市場に出すルートを考えないと、いつか行き詰まるぜ」
「……確かに。でも、俺のやり方は、森の素材を集めて加工して売るってスタイルなんだ。街の店と張り合う気はない」
「張り合わなくていい。むしろ、そこが強みだ」
ゼムは指を立てた。
「街の商人たちは、既存の商品しか扱えない。でも君は違う。“森でしか採れない素材”を、“魔物たちと協力して加工”できる。これは立派な付加価値だ」
「……確かに、そうかもな」
「だから、俺がその“街との橋渡し”になってやる。どうだ、素材や加工品を俺に卸してみないか? 売れた分の対価はしっかり支払う。もちろん、君が欲しい物資や道具も届けよう」
それは、俺にとって悪くない話だった。
今は個人で細々と販売しているが、街での需要が増えればいずれ手が回らなくなる。俺のやり方を保ちながら拡張するには、“信頼できる流通経路”が必要だった。
「いいだろう。ただし、あんたが信用できる人間だって証拠がいる」
「それなら簡単さ。まずは“お試し取引”ってことで、何か一品くれよ。街で売って、売れたらちゃんと報酬を持ってくる」
俺は少し考え、先日アイリスと一緒に作った保存食の詰め合わせを渡すことにした。フィリアの魔力を込めて乾燥させたことで、栄養も保存力も抜群だ。
「これが、ユウ印の試作品ってことか。よし、確かに預かったぜ」
ゼムはそれを丁寧に箱詰めし、馬車に積み込む。
「じゃあまた三日後、街から戻ってくる。そのときが、本当の商談ってやつだ」
そう言って、彼は再び陽気に笑いながら去っていった。
ゼムが去ったあとの午後、俺はフィリアと森を歩いていた。
「フィリア、あいつのこと、どう思った?」
フィリアは穏やかに鼻を鳴らし、しっぽをふわりと振った。どうやら、悪い印象はなかったようだ。
「そうか、よかった」
彼女の癒しの魔力が、俺の心をすっと軽くしてくれる。森の空気も優しく、陽光が木々の間から差し込んでいた。
そこへ、ルガが小走りで駆けてきた。
「どうした?」
ルガは俺の裾をくわえて引っ張る。その先にあったのは、倒れた若い鳥獣だった。細く痩せた体に、かすかな鼓動。
「おいおい……お前も、助けを求めてここに来たのか?」
俺はそっと抱き上げると、フィリアに目をやった。
フィリアは一歩近づき、角を小さく光らせた。虹色の波紋が広がり、鳥獣の傷がゆっくりと癒えていく。
「すごい……」
それを見ていたアイリスが、森の奥から戻ってきて驚いたように声を上げた。
「この子……もしかして、“聖獣の加護”ってやつかもしれないわね。ユウ、あなたの仲間たち、どんどん特別になっていく」
「でも、俺は特別なことをしてるつもりはないんだ。ただ、目の前の仲間を大切にしてるだけさ」
俺の言葉に、アイリスは微笑んで頷いた。
そしてまた一人、仲間が増えようとしていた。
三日後。ゼムは満面の笑みで戻ってきた。
「ユウ、売れたぞ! あの保存食、たった半日で完売さ!」
「マジか……」
「店の客が口々に“今までで一番食べやすい”ってさ。値段を倍にしても売れるって言われたぞ」
「それは……すごいな」
「というわけで、正式に取引を開始したい。お前の名前を“森の職人ユウ”として、街に広めさせてもらうぜ!」
新しい風が、吹き始めていた。
光角獣フィリアの癒しと、旅商人ゼムの取引。
この日を境に、俺の暮らしは“街”ともつながり始めた。
それは、俺がただのテイマーから“森と人をつなぐ存在”へと変わり始める、そんな第一歩だった。