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四季宮の庭にて「春」
四季宮の庭にて「春」
アマヤ ドリー
文芸・その他ショートショート
2025年04月22日
公開日
1,647字
完結済
下界に四季をもたらす四人の女神が住まう城「四季宮」。 春のお姫様は道草がお好き。 皆が待ちわびているのに、なかなかお出ましになりません。

四季宮の庭にて「春」

 冬の女王は舌打ちをしました。

「ああ、彼女がやって来るわ」

 氷柱で出来た女王の耳飾りから、雫が滴り落ちていました。霜柱の腕輪も薄く脆くなり、青白い手首から崩れて消えてしまいました。


 ここは四季宮の庭。

 数ヶ月に渡り、冷たい美貌の冬の女王がこの庭でお過ごしでしたが、そろそろ自室へお戻りの頃合でしょうか。


 宮殿には四人の女神がお住まいで、交代でこの庭にお出ましになります。

 冬の女王が庭でお過ごしの間、下界には寒風が吹きすさび、雪が全てを覆います。植物も、生き物も、凍てつく大地に閉じ込められるように眠りにつくのです。


 冬の女王は気難しい気性の方です。

 庭のお世話をしている庭番は、女神の交代時期が近いと知って、ついホッとしたような顔をしてしまい、慌てて頬を引き締めました。


 女王は面白くなさげにフン……と鼻を鳴らし、淡雪のローブを翻しました。

 庭からテラスへ上がり、雪を敷き詰めた肘掛椅子に女王が座ると、庭に吹く風がわずかに暖かくなりました。


 隣に並ぶ、花を敷き詰めた椅子に目を向けて、女王はため息をつきました。

「現れるまで、どれ程待たされるかしら」

 不機嫌に呟くと、庭に小さく粉雪が舞いました。




 下界の民はそれを三寒四温と呼ぶそうですが――


 春のお姫様は道草がお好きなのです。

 スキップで近づいて来たかと思えば、何かに興味をそそられて立ち止まり、そんな事を繰り返しながらのんびりお出ましになるのです。


 冬の女王がイライラしながら、そして下界の民は楽しみに、首を長く長くして待ちくたびれた頃。


 暖かい突風「春一番」と共に扉が開いて、春のお姫様が到着しました。


「春の君さま。お待ち申し上げておりました」

 庭番が出迎えると、春のお姫様はまさしく花が咲いたような笑顔を向けました。

 思わずうっとりと見とれてしまう庭番の様子に、冬の女王はため息混じりに首を振りました。


「ごきげんいかが? 冬の君さま」

「ええ待ちくたびれましてよ、春の君さま」

 天真爛漫な春のお姫様にすっかり毒気を抜かれた冬の女王は、諦め顔で返して立ち上がりました。

「庭を頼みます。部屋へ戻るわ」

 短く言い残して踵を返し、冬の女王は足早に宮殿の自室へ戻って行かれました。


 それをにっこりと見送って――

 春のお姫様は、庭へと降り立ちます。

「さあ私の庭よ、目覚めなさい」

 まるで絵の具を流し込んだように庭が色づきました。一斉に花が開き、芳香で満たされます。


 下界に春が訪れました。


 お姫様が振り撒く華やかな色香は、うっとりするほど暖かく、かと思えば、意地悪に強い風を吹き付けたり、花粉症という名の毒も持っていたりして、皆の心を翻弄します。

 この春のお姫様こそが、庭番が知る限り、民の心を最も掴む最高に魅力的な女神なのです。


 訪れは花と共に。

 花々で飾られたパステルカラーのドレスで可憐に現れたお姫様は、やがて若葉色のドレスにお色直しをされます。

 木々が一斉に新芽を伸ばすように、伸び伸びと動きやすそうなゆったりとしたドレスです。

 ぐんぐん広げた枝葉の緑が、たくましく濃い色になる頃――

 お姫様は、あじさい色のドレスをお召しになります。


 庭番は毎年、あじさい色のドレスを見ると、胸がキュッと締め付けられるような寂しさを覚えるのです。

 そのドレスは、お姫様が庭を去る頃合を知らせる衣装でしたから。


 皆の心に華やぎを振り撒いて、虜にするだけしておいて、名残を惜しむ暇も与えて下さらないのです。

 微笑みをたたえたまま、呆気に取られるほどさっさと行ってしまわれるのです。


 鬼姫とも呼ばれる激しい気性の夏の君が、声望集める春のお姫様に嫉妬して荒れ狂うのか。

 それとも、お姫様を想う民の涙なのか。

 春の君と夏の君の交代の折、下界には長雨が降るのです。




 桜の花びらが舞い踊っていました。

 そうです、春のお姫様はまだお出ましになったばかり。この庭を謳歌していらっしゃいます。


 お姫様がさっさと行ってしまわれるまで、もうしばらくの間、華やかな庭を堪能させて頂きましょう。

 庭番は芳香を吸い込むように深呼吸をして、庭のお世話に精を出すのでした。




   おしまい



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