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第10話

 沈黙が流れる中で、加賀谷のハンドリングの音だけが耳に聞こえてきた。


(あのときもこんな音がしたんだった。インからのシュートが打てなかった先輩が、パスしたボールと一緒に、バッシュがキュッと鳴って……)


「……高校1年のときに出た試合、準決勝の相手は去年の優勝校だった。かなりの接戦でね、互いに点を取り合ったよ」

「まさに、手に汗を握る試合だったんだな」

「試合終了間際、3年の先輩から俺にボールが託された。この日の俺は一度もゴールを外すことなく、シュートをすべて決めていた。だからこそボールが回ってきたんだと、すぐに悟って、スリーをしようとジャンプした」


 首をもたげながら視線を伏せて、床をじっと見つめる。そんな俺に、加賀谷の視線が痛いくらいに刺さった。それは責めるものじゃないはずなのに、外さずにはいられない。


 着ているTシャツの胸元を握りしめつつ、呼吸を乱しながら、やっとのことで告げる。


「これを決めれば、俺のチームは決勝に進める。そう思った瞬間に、右腕の筋肉が引きつった。それはゴールポストに向かってボールを放つという、とても大事なときだった。結果は言わなくてもわかるだろ」

「もしかして、その試合がきっかけになったのか」

「誰も俺を責めたりしなかった。1年でここまでよく健闘したよなって慰められて、余計につらかった」

「笹良、こっちを向け」


 明かしたくない過去を口にした俺に、加賀谷の我儘が炸裂した。


 いい加減にしてくれよと思いながら顔をあげると、ふたたびボールが飛んでくる。さっきよりも勢いのあるそれを、下半身に重心をのせながらキャッチした。


「おまえはその失敗について、思いっきり責められたかったのか? もしかしてドМなのかよ」


 デリカシーのない言葉に心底呆れて、頭痛がしそうだった。


「そんなわけあるかよ。加賀谷のバカ!」


 受け取ったばかりのボールを、加賀谷の顔面に向かってパスした。


「よっ! ナイスボール!」

「加賀谷にパスするボールは、どうしてうまくいくんだろうな。あの試合以降はゴールはおろか、パスさえも意識したらミスするっていうのに」

「あ~それであのとき、ディフェンスに徹底して、ボールを受けないようにしていたのか」


 大学での初試合のとき、オフェンス側に回らないようにしていたというのに、隙があれば加賀谷がボールをパスしてきた。自分のゴール下が、ガラ空きのときでも投げつけてくるので、傍にいるチームメイトにすぐさまパスをして難を逃れていた。


「笹良は深く、考えすぎるんだって。ただの練習じゃないか、適当でいいだろ」

「勝敗がある以上、適当にはできない」

「なんだかなぁ、頭が固すぎ」


 俺が見ている前でしっかり目をつぶり、高くジャンプする。慣れた手つきで加賀谷の左手が、バスケットボールを放った。空気を切る音と一緒に、綺麗な弧を描いたボールは、ゴールポストにワンバウンドしてから、ゆっくりと網の中に沈んでいく。


 見事といえるシュートを目の当たりにして、感嘆のため息を漏らした。


「やっぱ、この角度からのシュートは苦手。失敗した」


 シュートした左手をにぎにぎしながら、つまらなそうな顔した加賀谷を、ガン見するしかない。


「なに言ってるんだよ、ちゃんとシュートが決まったじゃないか」

「あれはまぐれだ。練習試合で見た笹良のシュートみたいに入らないと、俺としては決まったとは言えない」


 妙なこだわりを口にした加賀谷に、これ以上のツッコミができなかった。


「そういうポリシーがあるからこそ、黄金のレフティが誕生したのかな」


 羨ましさを込めて告げたというのに、目の前にある顔が、あからさまに虚ろな感じになった。


「ポリシーなんてない。ただ負けず嫌いなだけさ」


 暗く沈んだ声が、体育館に響く。

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