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第9話

「よく無神経って言われる」

「それよくわかる。デリカシーの欠片がない感じとか」

「ひどい言われようだけど事実だもんな。それよりもコートに入って来い」

「……なんで?」

「いいからいいから。えーっと確か、この辺りだっけ」


 左右の手を使ってドリブルしながら、思い至る場所へひとりで歩いて行く。


 入って来いと呼ばれたが、どうしてもコートに入る気になれず、壁際から加賀谷の様子を眺めた。


「笹良、そんな顔して突っ立っていたら、襲っちゃうかもしれないぞ?」


 無邪気さを感じさせる笑みで告げられたせいで、言葉の効力はあまり感じられなかったものの、仕方なく出向いてやる。


「初顔合わせのときのバスケの試合。俺がパスしたボールを、ここから笹良はシュートして決めたよな」

「そうだっけ」

「俺は絶対に忘れない。目の前で見事なスリーをされて、忘れるほうが難しいって」


 瞳を輝かせながら熱弁される分だけ、冷や水を浴びせられた気分になる。


「加賀谷、いい加減にしてくれ。俺にそのシュートを打たせようとしてるだろ」

「今は試合じゃない。笹良はプレッシャーを感じる必要はないからできる」

「俺はおまえとは違う。何も知らないくせに、できるなんて言いきるなよ」


 怒りと苛立ちを含んだ俺の声が、ドリブルの音を一瞬だけかき消した。


 俺の怒号を合図にしたのか加賀谷はドリブルを止めて、両手の中にバスケットボールをおさめる。


「加賀谷はいつから、バスケをはじめたんだ?」

「中学に入ってからだけど」

「俺は小学4年からはじめた。少年団に入ったんだ」


 右手に拳を作ってぽつぽつ語る俺を、何を考えてるかわからない表情で加賀谷は眺めてきた。


「なんか納得した。だから笹良は、基礎がしっかりしてるんだな」

「中学でも迷うことなくバスケ部に入った。その当時は背が低いだけじゃなく、小柄だったから、背の高い先輩たちにパワー負けした。それでもそれを生かしたプレイをしたよ」

「シューティングガードか。俺が今、受け持ってるポジションをしていたんだな」


 ゴール下では圧倒的に不利な体形だったため、アウトサイドからゴールを狙った。


「はじめて中体連に出たのは1年のとき。1年生でスタメン入りしたのは俺だけだった」

「そこは経験者だからだろうな。その頃の俺は、必死こいてボール磨きをしていたっけ」


 加賀谷は左右の指先だけを使って、ボールを細やかに素早く動かした。左右の指先だけを使うことにより、バスケットボールを捕らえる感覚が研ぎ澄まされる、ハンドリングの練習のひとつだった。


 ドリブル・シュート・パスなど様々なプレイの精度があがるのだが、視線を俺に向けたまま、平然とやってのける加賀谷の姿に、違和感を覚えた。


(コイツ、大学の練習はサボっているけど、自宅でこういう練習を日頃からしているんじゃないだろうか)


「そういや俺の中学でもスタメン入りしたのは、小学校からやってるヤツだったな。ソイツは1年とは思えない体格しててさ、スタミナもあったからゴール下を任されていたんだ」


 ハンドリングの練習を続ける加賀谷に疑問を投げかけようとしたら、先に話しかけられてしまった。


「へえ……」

「同じ学年で、実力のあるソイツを目標にした。あの頃はやみくもに練習したっけ」

「同学年なら、いいライバルになっただろう?」

「全然、足元にも及ばなかった。ゴール下で競り合っても、叩きのめされてばかりいた。だからスリーを打ってみたけど、大きな手でボールを弾かれてばかりだったな。悪い。俺のことよりも笹良の話を続けてくれ」


 盛り上がりかけていたところだったのに、水を差すような話をすることに、かなり躊躇した。握りしめていた拳を胸に当てて落ち着こうとしても、うまくいかない。

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