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第12話

 反復練習で無理やり叩き込むという、荒業的な練習の仕方がすごく気になった。


「目をつぶって、あらゆる角度からシュート練習しまくった。何千回何万回かな、ひたすら繰り返した」

「それって、目をつぶる必要性はあるのか?」


 かなり無茶ぶりと思われる練習法を聞いて、思わず顔が引きつってしまった。


「見たままシュートすると、躰が勝手に距離を測って、力加減を調整するから駄目なんだ。不測の事態に備えられない」

「不測の事態?」


(馬鹿正直というか不器用を極めると、凡人が思いつかないことをするんだな)


「スリーをとられないようにしようと、わざとファウルをするヤツがいるだろ。体当たりしてぶつかったり、ユニフォームを掴んで蹴飛ばしたりしてさ」

「まぁな。接戦だったら相手も必死になるから」

「目を頼りにしないシュートをすれば、どんなにひどい妨害をされても、確実に決めることができる。後ろからどつかれても、絶対にシュートが入るんだ」


 言いきったセリフを実践するように、俺に顔を向けた状態でゴールポストに向かって左腕が上下した。


 それはぱっと見、加賀谷の性格を表しているみたいな、適当に投げつけられたものにしか感じなかった。


 さっき放たれたスリーよりも勢いのあるボールは、バックボードに真っ直ぐぶつかり、リングに高くワンバウンドしてから、網の中に向かって回転しながらすり抜けていく。


「すごっ! 俺のこと緻密とか言ったけど、こんな芸当ができる加賀谷のほうが、よっぽど緻密だろ」

「残念ながら、苦手なところからのシュートの確率はめちゃくちゃ低い上に、体調の良し悪しで、同じようなシュートが毎日できない」


 ぺろっと舌を出したあとに、ゴール下に向かって悠然と歩いて行く後ろ姿を眺めながら、告げられた言葉をもとに考えた。


「加賀谷はしょっちゅう、練習をサボってるよな」

「ああ。大学の練習はダルいし、出たら出たで練習にちゃんと参加しろって、監督にどやされるしさ。いろいろ面倒くさいだろ」

「それじゃあおまえはいったい、毎日どこで練習してるんだ?」


 胸の前に腕を組みながら、ゴール下にいる加賀谷に鋭いまなざしを飛ばした。


「ま、毎日なんて練習してないって」


 妙に上擦った声で返事をする。


 シュートしたボールを手に視線を右往左往させる様子は、嘘をついているのが明らかだった。


「『体調の良し悪しで、同じようなシュートが毎日できない』という言葉は、毎日練習していないと、出てこないんじゃないのか?」

「俺、そんなこと言ったっけ」

「数秒前の会話だからな。加賀谷よりも頭が良くなくったって、しっかり覚えてるぞ」


 自分の頭を指差ししながら指摘したら、仕方なさそうな表情でドリブルしながら戻って来た。


「笹良と喋ってると、調子がすげぇ狂う」

「それは俺も同じだよ。大学の練習サボって、どこで何をしているんだ」

「まいったな、察しが良すぎる」


 持っているボールを、さっきと同じように手の中で弄ぶ。


「俺はイップスのことを言ったんだ。ちゃんと白状しろよ」


「自宅近くの公園の中にあるバスケットコートで練習をしてたら、ガタイのいい米兵たちに声をかけられた。ストリートバスケをしたいんだけど、メンツが足りないから入らないかって」

「米兵とストリートバスケって、考えただけでもすごそうだな」


 練習に滅多に顔を出さない加賀谷が、主力選手に負けない働きを試合でする理由が、嫌というほどわかった。


「うまくやれるわけがないだろ。相手はストリートバスケに慣れた上手なヤツばかりで、最初はコテンパンにやられっぱなしだった」

「最初はやられっぱなしということは、今はそれなりになったということか。だって加賀谷は、ものすごい負けず嫌いだしな」


 俺にとって負けず嫌いという言葉は、マイナスワードを示すものなのに、加賀谷はなぜか嬉しそうに微笑む。


「接近戦が苦手だった俺には、ストリートはもってこいの練習になった。しかも相手は格上だから、学ぶこともたくさんあった」

「やれやれ。加賀谷がバスケを学んでる最中に、俺は治らない病と無駄に向き合っていたってことか」


 バスケ馬鹿がここまでくると、嫌味も通じないらしい。相も変わらず表情はにこやかなままだった。

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