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第13話

「学ぶことの中に笹良の病気を治す、きっかけがあるかと思ったんだけどな。とりあえずこの間成功した、シュートの再現をしてみてくれよ」


 手の中で遊んでいたボールをコートに置いてから、俺の腕を掴んでその場所へと強引に連行する。


「やめろよ。三年間粘っても駄目だったのに、いまさらやったところで、無理に決まってる」


 他にもぼやいてみせたのに、そんなの聞いてないといった感じで、スルーを決めこまれた。


「何もしないよりはマシだろ、逃げるなって。えっと確かこの位置だったな。笹良はあのとき、何を考えていたんだ?」


 俺よりもほんの少しだけ背の低い加賀谷が、上目遣いで顔を見つめる。


「あのときって、初顔合わせの試合?」

「そうそう。すげぇつまらなそうな顔で、プレイしていたよな」


 立たせた場所に固定させるように、俺の両肩をバシバシ叩いてから、コートに置きっぱなしにしていたボールを取りに行く。


(今とあのときの状況は、まんま同じ気がするな――)


 ボールを持った加賀谷はウキウキしているのに、俺はイップスが発病するんじゃないかとびくびくしていた。それゆえに、心が暗く沈んでいたのだった。


「笹良が仕方なく試合に出ていたことくらい、一緒にプレイしてわかってた。だからこそ、そんなおまえのヤル気を引き出そうとして、俺はパスを回していたんだけどさ」

「そのせいで、余計に面白くなかったんだって。ディフェンスに徹していた俺に、わざわざパスを寄こすなって」

「他には?」


 言いながら、大きな弧を描くボールをふんわりと投げつける。勢いのないそれは目の前でワンバウンドして、俺に向かって飛んできた。片手でキャッチし、呆れたまなざしで加賀谷を見る。


 入らないシュートを無理やりさせられることや、こうして過去の出来事を吐露させられるのは、苦痛にしか思えない。


「他って確か、無意味なパスをしつこく寄こすのなら、外れるシュートを見せれば諦めるかと思って、スリーをやった」


 語尾にいくに従い、声がどんどん小さくなった。俺の言葉をどんな気持ちで、加賀谷は聞いたのだろうか。


「外れるはずだったシュートが入ってしまって、笹良としては当てが外れただろ」

「当てが外れたどころか、すごく驚いた。まぐれだろうけど」

「いいや、あのシュートはまぐれじゃない。おまえがボールを放った瞬間に、スリーが決まることがわかった。それくらいに、見事なものだったんだぜ」


 当時のシュートを思い出した加賀谷が、顔をくしゃっと崩して笑いかける。


(――まぐれで入ったものだと思ったけど、あのときは素直に喜べたな)


「笹良、気負わずにそこからシュートしてみろよ。むしろ、適当に投げたっていい」

「適当って、なんだかな」

「いいからいいから。やってみろ」


 あまりにもしつこく急かすので、その場でボールを数回ドリブルしてから軽くジャンプし、ゴールポストに向かって投げつけた。力なくシュートしたはずなのに、ボールはバックボードに勢いよく当たって、そのまま俺たちのほうにバウンドしながら戻ってくる。


 加賀谷は小走りで、バスケットボールを取りに行った。


「もう一度だ」

「はいはい……」


 拾いあげたボールを俺にパスして、加賀谷はにこやかな顔のまま、その場に待機する。


 俺は手渡されたボールを、さっきと同じようにドリブルして、集中力を高めた。前回のものよりも高く飛びながら、手首のスナップを利かせて、シュートしてみる。


 シュッという音と一緒に飛んでいくボールの軌道を、着地しつつ目で追った。それはリングに当たり、あっけなく外に弾かれてしまった。


 やっぱりなと気落ちしかけたとき、キュッとバッシュの音が耳に聞こえてきた。


「リバウンド!」


 加賀谷が大きな声で叫びながら、ゴール下まで一気に駆け出し、落ちてくるボールをキャッチした。それを使って、豪快なダンクシュートを決めてみせる。


 持ち前の瞬発力に足の速さ、そしてシュートする流れを目の当たりにして、思わず見惚れてしまった。


 「速攻!! もう一度だ笹良っ」


 落ちてきたボールを加賀谷はキャッチし、左腕をおおきく振りかぶりながら、勢いのあるボールでパスした。


 一直線に自分のもとへ飛んできたボールを、胸の前で何とか受け取り、ぎゅっと歯を食いしばる。手のひらがじんじん痛むパスに、思いっきり顔が歪んだ。


「加賀谷のバカぢから……」


 はーっと大きなため息をついたのちに、さっきと同じように高く飛び、右手首のスナップを利かせながらボールを放った。


「あっ!」


 指先からボールが離れる瞬間に、見えない何かを感じた。それは、とても懐かしいとも言える感覚だった。


 力なくジャンプしたはずだったのに、着地したときに転びそうになり、少しだけ後退りする。そんな俺に向かって、加賀谷が走り込んできた。

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