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第18話

「だって思ってる以上に、笹良の感度が良くて、すげぇ興奮しちゃってさ」

「俺は男だぞ、興奮する相手じゃない」


 さっきと同じようなやり取りになったが、言わずにはいられなかった。


「男だけど好きな相手だ」

「良すぎる頭が、アダになったのかもな」


 さっきから憎まれ口を叩かれているというのに、微笑みを絶やさない加賀谷。溢れていた涙は乾いているというのに、何度も何度も優しく頬に触れる。優しくされるせいで、その手を退かすことができなかった。


「その良すぎる頭を使った、いい考えがあるんだ」

「下半身をおっ勃てたままで、いいアイデアが浮かぶとは思えない」

「俺が笹良をディレクションする」


 頬に触れていた片手を外すなり、それを使って目の前でピースサインを作った。


「ディレクションって、いったい」

「今までの笹良をぶっ壊して『コイツって、実はこんなにすごいヤツだったのか』とみんなに思わせる笹良を、俺が作るんだ。そうすれば俺の隣にいようが、何をしようが、誰も何も言わないだろ?」

「くだらない。俺を壊す前に、加賀谷の頭がぶっ壊れてるとしか思えない」


 自信満々に言いきられても、胡散臭い話にしか聞こえなかった。


「まずは笹良に憑りついている、イップスを治してみせる。これが完治したら、間違いなくレギュラー入りするだろうから、俺とポジション争いをすると思うんだ」

「そんな夢みたいな話、簡単に信じられるかよ。高校大学と時間がかかっても、治らなかったものなのに」


 胸の前に腕を組んで、顔を逸らしながら吐き捨ててやる。


「俺の頭の中でイップスを治すための、プログラムを作ってる。さっきのやり取りをもとにしてるから、絶対いい線いくぞ。尚、笹良がレギュラー入りしなかった場合は、俺がバスケを辞めるという手もあるが」

「バカなことを言うなよ。加賀谷の黄金のレフティを、みすみすドブに捨てるっていうのか!?」

「だったら素直に、俺の考えたプログラムに従ってくれよな」


(これってどう考えても、俺が不利だろ。加賀谷に、謀られたとしか思えない)


「笹良、そんな悔しそうな顔すんなって。おまえにとって、有利な提案がある」

「加賀谷がそれを口にしても、有利とはまったく思えない」


 じと目で首を横に振りながら指摘すると、得意げな顔で右手人差し指を立てた。


「おまえが俺からポジションを奪ったら、引き下がってやるという条件なんだけどさ」

「うわぁ……。黄金のレフティから、ポジションを奪えるわけないだろ」

「その可能性があるから、提案してるんだって。笹良のバスケセンスは、俺よりも上だ。なんつーか、天才型って感じだと思う」

「信じられない」

「イップスを治して、主力選手と一緒に練習をしたら、間違いなくレギュラー入りできる」

「こっちはいろいろ問題を抱えてるっていうのに、簡単に言ってくれるよな」


 俺が天才型だの、レギュラー入りできるなんていうことを言われても、説得力の欠片すらない。


「しかも俺はサボり魔で、監督からの信頼度がめっちゃ低い。そこに主力選手として使えそうな天才の笹良がいたら、どうなると思う?」

「加賀谷のポジションを……」

「そういうこと。だけど俺も、簡単にポジションを明け渡すつもりはない。笹良と付き合いたいし」

「もしも俺が、この条件から逃げたりしたら?」

「さっきみたいにエロいことして、笹良を無理やり堕とす作戦に切り替える」


 デレっとした顔をしながら、両手の指先をもにょもにょ動かして、襲っちゃうぞというリアクションをする。そのせいで、思いっきり身の危険を感じた。


「それは反則だぞ!」

「見た目は潔癖症で、そういうのを一切受けつけませんっていうふうなのに、意外とエロくて、俺は嬉しかった。さっきの続き、したくない?」

「するわけないだろ、バカ加賀谷っ!」

「それなら、俺の考えたプログラムで練習するのは決定な。あ~、これからのバスケの練習が楽しみすぎる」

「この勝負、俺が勝って、加賀谷から逃げきってやるからな」

「ハハッ、俺だって負けない」


 このことがきっかけとなり、自称サボり魔だった加賀谷が、ほぼ毎日練習に顔を出すようになった。


 イップスを治すために、真面目にプログラムに励む俺と一緒に、加賀谷も練習を頑張るお蔭で、これまで崩れていた監督やメンバーとの信頼関係が、自然と構築されていった。


 そんな状況下のもとだからこそ、すんなりとイップスが完治してしまった。以前にも増して練習が楽しくなり、気がついたら失われていた実力を取り戻していたのだった。

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