俺、
「ふうくん、待ってよー!」
この声は……振り向くとやはり
「ふうくんと呼ぶなって言ったろ。もう高校生なんだから」
「だって、ふうくんはふうくんだもん」
「まったく……俺は高校では硬派に生きようと思ってるんだからな。お前がそんな感じで横に居たら誤解されるだろ」
「そんなこと言わないでよ、ふうくん……」
翔子は泣きそうな顔をして俺を見ている。はぁ……こいつのこういう顔には勝てない。
「……好きにしろ」
「うん。ありがとう、ふうくん」
俺は自転車を駐輪場に止めた。そして、珠子と共にクラス分けの掲示に向かう。
「ドキドキだね。一緒のクラスになれるかな」
「俺はどうでもいい」
「ひどーい」
俺は自分が行くべきクラスを確認するだけだ。いきなり名前があった。俺は1組か。
「あ、ふうくんと同じ、一組だ! よかったあ」
珠子が言う。まあ、あまり中学の時の同級生は居ないし、同じクラスなのは俺にとっても良かった。俺たちは2人で教室に向かった。
◇◇◇
入学式も終わり、ホームルームでは自己紹介が始まった。だが、知らないやつの自己紹介を聞いても覚えられない。特に印象が強いやつは居ないようだし。そして、俺の番になった。
「長岡藤孝です。趣味は無いですが、何か面白いことをしようと思っています。よろしくお願いします」
適当に挨拶し、適当な拍手があった。
そして、松井珠子の番になった。
「ま、松井珠子です……えっと……」
あいつ、ここまで時間あったのに何も話すこと考えてないのかよ。
「私、特別なことは何もありません。ただ、ふうくんとは幼馴染みで……」
おいおい、何を言い出すんだ。
「あ、ふうくんというのは長岡藤孝君で……」
教室がざわつきはじめ、俺のことをみんな見てきた。あいつ、マジで……
「なので、ふうくんと仲良くすることが目標です。よろしくお願いします!」
さらに教室が騒がしくなった。はぁ……珠子のやつ、あとで見てろよ。
しかし、こんなことになったらこの後自己紹介するやつが困るだろ。
そう思っていると、珠子の後ろの席の女子が立ち上がった。長い黒髪の女子だ。
「
教室が笑いに包まれる。珠子が「ごめん!」と手を合わせている。
「みんなと仲良く出来たら嬉しいです。あと、実家は神社ですので初詣も是非来てください」
さらに教室が笑いに包まれた。なごやかな雰囲気になったな。山都さんか、助かった。
◇◇◇
ホームルームが終わり、放課後になると俺はすぐに珠子の席に向かった。
「珠子、お前、なんてこと言うんだ」
「ご、ごめん! だって、何も言うこと思い浮かばなくて……」
「だからって俺のこと言うこと無いだろ、まったく……」
そして後ろの席の山都美琴に向かって俺は言った。
「山都さん、珠子がひどい自己紹介で迷惑掛けたな。俺からも謝るよ」
「あら、別にひどくはなかったわよ。いい自己紹介だったじゃない」
「そんなことあるかよ」
「あるわよ。だって、要するに長岡君は自分のものだから手を出すなってみんなに釘を刺したわけでしょ」
「はあ?」
「ち、違うから!」
珠子が慌てて手を横に振る。
「別にごまかさなくてもいいのよ。みんなには伝わったって思うから、いい自己紹介だったんじゃない?」
山都さん、結構、辛辣だな。珠子は泣きそうになっていた。
「おれと珠子はただの幼馴染みだからな。でも、山都さんが迷惑じゃ無かったんならまあいいや。珠子がこれからも迷惑掛けるかもしれないけどよろしく頼むな」
「長岡君も過保護ねえ。松井さんが心配なんだ」
「そんなわけ……まあ、少しあるか。こいつだしな」
「なによ! ふうくん、ひどい!」
珠子は怒って言った。
「ふふ、あなたたちを見ていると面白そうだわ。これからもよろしくね」
そう言って山都さんがウィンクした。山都さん、良く見ると結構な美人だ。長い黒髪の日本美人、といった感じか。大人っぽくって珠子とは全然違うな。
「ふうくん! なんで山都さんに見とれてるのよ!」
「み、見とれてない!」
「もう……美人に弱いんだから。帰るよ!」
そう言って俺の腕を引っ張る。
「わかった、わかった」
俺は珠子とともに教室を出た。
◇◇◇
初日に珠子があんな自己紹介をしたせいで、俺と珠子はセットとみなされるようになってしまった。男子からも女子からもからかわれてばかりだ。すっかり彼女持ちといった扱いをされてしまっている。だが、もちろん、俺と珠子はただの幼馴染みだ。
「だいたい、俺は高校では硬派でいきたかったんだ」
昼休み、俺は弁当を食べながらまわりのやつらに言う。まわりのやつらというのは珠子に山都さん、それになぜか俺に絡んでくる
「今時硬派かよ。女子なんて相手にしないって感じか?」
豊田が俺に言う。
「そうだよ。俺は高校では彼女とか作らないから」
「高校ではって、中学では彼女が居た感じだな」
「……居ないけどな」
「居ないのかよ!」
「ふうくん、中学の頃、何度も振られてたもんね」
珠子が言う。
「お前、黙ってろ!」
「ご、ごめん!」
「アハハ。中学でも彼女いないなら一緒じゃねえか」
豊田が言う。
「だからだよ。もう女はこりごりなんだ、俺は……」
彼女を作りたくて頑張ったあの日々はもう思い出したくない。とにかくフラれまくった。だから、高校では硬派に生きることにしたのだ。
「でもいいんじゃない? 硬派って。私は素敵だと思うな」
山都さんが言った。
「そりゃ、どうも」
「私も高校で彼氏とか作る気は無いし、そういう意味では長岡君とは気が合うかもね」
「なるほどな。じゃあ、友達としてよろしくな」
「うん、よろしく」
友達か。女子の友達ができるなんて果たして硬派と言えるかはよく分からないけど。
山都さんと友達宣言をした俺を早速豊田がにらんできたし、珠子は不満そうに俺を見ていた。それを見て山都さんが言う。
「あら? もちろん、松井さんとも友達よ。珠子ちゃんって呼んでいい?」
「え!? もちろんだよ、美琴ちゃん!」
山都さんから名前で呼ばれて、珠子も嬉しそうにしていた。
◇◇◇◇
学校からの帰り道、山都美琴は豊田凪彦と一緒に歩きながら、二人にしか聞こえないような音量で会話していた。
「美琴様。今のところ、順調ですね」
「そうね。最重要人物の松井珠子と自然な形で友人になれたし」
「はい。それにしてもあの松井珠子という人物、何かを隠しているとは私には思えませんでしたが……」
「甘いわね。普通に見せてるけど、時々見せる所作、姿勢、明らかに高貴な人物よ」
「しかし、それでも裏があるようには見えません」
「そうだけど……私たちをだませるほどの技量を持っているかも知れないわ。気を付けなさい」
「は、わかりました。しかし、その松井珠子が気に掛ける長岡藤孝とは何者なのでしょう?」
「今のところ、私にも分からないわ。ただ、珠子があれほど気に掛けているのだから、ただ者では無いことだけは確かね」
美琴がそう言うが、凪彦には長岡藤孝がそれほどすごい人物とはどうしても思えなかった。だが、美琴の言うことに逆らうことは出来ない。黙って聞くことしか出来なかった。