迷っていると言ってしまった珠子に天王寺部長は言う。
「体験入部してみて、気に入ったら入ればいいんじゃない? 気に入らなければ辞めてもらって構わないから」
「そ、そうですね。じゃあ、私、体験入部します!」
珠子が言った。マジかよ……
「長岡君はどうする?」
天王寺部長が言う。
「いや、俺は――」
そういったとき、珠子が俺の腕をつかんだ。こりゃ、一緒に入ってくれって事だよなあ。はあ……仕方ないか。珠子も心配だし。
「じゃあ、俺も体験入部で」
「うんうん! ありがとう! じゃあ、そうだな。三ヶ月間、体験入部する?」
「長すぎます! 普通、一週間とかでしょ」
俺は部長に言った。
「えー! ケチだなあ。じゃあ、一週間で」
「ケチとかじゃ無いですから。一週間後、退部しますので」
「気に入らなかったら、でしょ。長岡君だって気に入るかも知れないじゃない」
「とてもそうとは思えないですけどね」
「あらそう? どういうところが?」
「そりゃ、邪馬台国です。熊本にあるわけ無いでしょ」
どうやらこの部の最大の目的は邪馬台国を探すようなので、その点を俺は突くことにした。これをぐちぐち言われたら、俺たちを厄介者と見なして解放してくれるかも知れない。
「どうして? 魏志倭人伝にそう書いてあった?」
「書いてあったんじゃないですか? だって、誰も熊本にあったなんて言ってませんよ」
「そんなことないわよ。まず場所は魏志倭人伝でははっきりわからない。だからこそ論争になってるのよ。そして、邪馬台国が熊本にあったと言っているのは私だけじゃ無い。ほら、そこに本があるでしょ」
確かに「邪馬台国は熊本」説を主張する本が2冊ほどあった。
「いや、少ないでしょ。その著者2人だけじゃないですか?」
「それと私ね」
「3人じゃないですか」
「でも、私だけの妄想じゃ無いって分かってくれたかしら」
「それはそうですけど……でもマイナーな学説です」
「マイナーだから信じられないと? 長岡君はみんなが言ってるなら真実って思うタイプなんだ」
「違いますけど……」
「だったら、なんで邪馬台国だけそう思うの?」
「それは……」
ダメだ。天王寺部長は邪馬台国熊本説をしっかり理論武装しているに違いない。生半可は俺の主張では太刀打ちできそうに無かった。
「わかりましたよ。じゃあ、ユニコーン! 熊本にユニコーンなんて居るわけ無いでしょ。あれは伝説上の生き物です」
「確かにユニコーンはそうね。私たちは見つけた謎の生き物に便宜上の名前としてユニコーンと呼んでいるだけよ」
「そうですか、やっぱりユニコーンじゃ無いじゃないですか」
「それはそう。ユニコーンっぽい生き物ってだけね。謎の生物なのは変わり無いわ」
「そんな生物、熊本に居るわけありません」
「それはどうかしら。この写真を見てもそう言える?」
そう言って、天王寺部長はタブレットを取り出し、俺たちに写真を見せた。
「こ。これは……」
「ふふん、すごいでしょう」
「……鹿ですね」
「うん、鹿だねえ、ふうくん」
遠目からの写真でわかりにくいが、毛の色、顔の形、角の形、どう見ても鹿だった。珠子でも認めざるをえないほどだ。
「確かに鹿のようにも見えるけど、そうじゃ無い可能性もあるわ」
「いや、鹿でしょ」
「でも、ふうくん待って! この写真……学校の裏山じゃ無い?」
「え!?」
良く見ると、見慣れた道が映っている。その向こう側の山。俺たちが裏山と呼んでいる山だ。
「そうだよ。だって、この部室から撮ったんだから。あっちだよ」
俺たちは部室の窓から外を眺めた。確かに裏山が見える。
「え、学校のすぐ近くに鹿が居るってことですか?」
珠子が聞いた。
「珠子ちゃん、鹿じゃ無いのよ。ユニコーン。学校のすぐそばにユニコーンが居るのよ」
「……ちょっと危険じゃないですか? 体育の授業の時とかに現れたりしたら」
「そうね。だから、私たちは監視を怠らないようにしてるの。ほら、ここにカメラがあるでしょ」
部室に小型カメラが有り、それが裏山の方を向いている。
「まあ、確かに監視した方が良さそうです」
「でしょ?」
いかん、完全に部長のペースに乗せられているような……
「ね、不思議研究部面白くなってきた?」
「いや、俺は別に――」
「はい! 面白いです!」
珠子が言う。
だめだ……こいつの興味を惹いただけになってしまった。
「……わかりましたよ。体験入部して、この一週間でこの部が無茶苦茶なことをしていることを証明してみます」
そうすれば珠子も入部するとか言い出さないだろう。
「うんうん、是非やってみてね」
天王寺部長はニヤリと俺を見た。これは馬鹿にされてるな。だったら、やってやろうじゃないか。とりあえず、俺は本棚にある邪馬台国熊本説の本を読み出した。これを読んで問題点を多数見つけてやるのが手っ取り早いだろう。
その間に、珠子は天王寺部長と萩先輩から、活動報告を見せられていた。
「これが学校の七不思議を調べたやつよ」
「へー、面白そうです! なになに……音楽室のベートーベンの肖像画の目が光る……」
「そう、これ本当だったの」
「はあ? そんなわけないでしょ!」
俺は読書しながら思わず突っ込む。
「と、普通はそう思うよね。でも、この肖像画の目のところに使われていた塗料が特殊なもので、これが夕方の日差しがあたることで光ることが分かったのよねえ」
「へー、すごいです!」
だめだ、完全に珠子は取り込まれている。
「あとはSNSで流れている噂の真相、ですか。ある部のTさんがH君と付き合っているという噂が流れていた、と。それが全くの事実無根であることを突き止めた、と。あー、こういうの変に広まっちゃいますから、ちゃんと事実を言うのは大事ですよね」
珠子が感心している。まあ、それはそうだな。
「そうそう。まったく、誰が流したんだが……」
天王寺部長は言った。ん? TさんとH君? 天王寺部長と萩先輩か?
「えっと……お二人はもしかして付き合ったりとか……」
珠子も察したのか先輩に聞いた。
「そんなわけないでしょ。私と遼太郎なんて美女と野獣じゃない」
天王寺部長が自分で言う。
「まあ、そうだな。俺なんかが伊代と釣り合うわけ無いよ」
萩先輩が言った。それは俺もそう思うけど。天王寺部長はかなりの美人だし、萩先輩はモテ無さそうだ。
「だけど、名前で呼び合ってるんですね」
珠子が聞いた。
「遼太郎とは小学校から同じで幼馴染みみたいなもんだからね。家は離れてるけど」
「そうだな。伊代とはなぜか小学校3年生からずっと同じクラスだからな」
「へ-、すごいですね!」
「腐れ縁よ」
「そうだな。ちなみに邪馬台国熊本説を伊代に教えたのも俺だ」
「そうなんですか」
萩先輩が元凶かよ。実は一番危ない人なのかも。天王寺部長は信じやすいだけかも知れない。
「ちなみに先輩方は恋人は居るんですか?」
珠子が聞いた。
「居ないわよ。恋人なんて作る気は無いわ。世の中にこんなに面白いことがいっぱいあるのに男女交際している暇なんてないもの」
天王寺部長が言う。この人はこういう感じか。
「俺もそうだな。今はこの部活が楽しいし」
萩先輩はそう言って天王寺部長をチラッと見た。萩先輩、部長が気になるのかな。
「一応確認するけど、二人は付き合ってるのよね?」
天王寺部長が俺たちに言う。
「え!? ち、違います!」
珠子が言った。まあ、違うけど、そんなに否定されると何か悲しい。けど、ちゃんと言った方がいいな。
「はい、違いますよ。俺と珠子はただの幼馴染みです」
「そうなんだ。だって、珠子ちゃんが体験入部するって言ったら長岡君もすぐに自分もって言い出すし、てっきり付き合ってるって思ったよ」
「珠子が心配なだけです」
「じゃあ、一週間後に珠子ちゃんが入部するって言ったら長岡君はどうするの?」
「……そうさせないように、今、いろいろ勉強してるんです」
そう言って俺は読書に戻った。