翌日の昼休み。また、俺と珠子と山都美琴、豊田凪彦が集まっていた。
「そういうことね。だから朝から先生が裏山のイノシシに注意するように言ってたんだ」
山都さんが言う。そう、俺たちがイノシシに遭遇したことは学校にも伝えられ、うちの担任も注意するように伝えていた。
「それにしても、長岡がイノシシ倒したのかよ。すげーな」
豊田凪彦が言う。
「たまたまだよ。俺も必死だったから、竹の棒を振り回しただけさ」
本当は宮本さんが倒したんだけど。
「それでもすごいよ。普通は逃げるだろ。なんで立ち向かったんだ?」
「それは……」
思わず珠子を見てしまう。
「ごめん、私のせいなんだ。私が動けなくなっちゃって……」
珠子は正直に言った。
「なるほどねえ。珠子ちゃんを守ったんだ」
「当たり前だろ。珠子だけ置いて逃げられるか」
「それはそうだけど。でも、武道もやってないのによく倒せたわね」
「だから、たまたまだって」
宮本さんのことは内緒だし、これで押し通すしか無い。
「そういえば、不思議研究部の新入部員って結局、珠子ちゃんと長岡君の二人だけなの?」
「ううん、昨日1人入ったよ」
山都さんの疑問に珠子が答えた。
「そうなんだ。どういう子?」
「宮本凜佳っていう3組の子だよ。小さい頃から知ってる子なんだ」
「へ-、知り合いか。良かったじゃない」
「うん! これでもっと部活も楽しくなるよ」
「おい、珠子。俺たちはまだ体験入部なんだからな。入るとは決まってないし」
「えー、そうなの?」
「当たり前だ。昨日だって危ない目に遭ったし。普通ならあんな目にあったらもう入らないぞ」
「そうだけど……」
「今日、部長たちがどういう態度を取るかだな。あんな危険な目に遭わせて、最低でも謝罪に菓子折りぐらいは必要だろ」
「そうかなあ」
「当たり前だ!」
考えれば考えるほど腹が立ってきた。
◇◇◇
放課後になり、山都美琴は豊田凪彦は今日も一緒に帰り道を歩く。その途中でまた二人にしか聞こえない小さな声で会話を始めた。
「やはり長岡は何か能力を隠してそうですね」
豊田が言った。
「そのようね。珠子ちゃんが動けなくなったと言っていたけど、おそらく長岡君の能力を引き出すための芝居でしょう」
「確かに。そう考えるとしっくりきます」
「それに宮本凜佳が入部したにもかかわらず、長岡君がイノシシを倒したというのも気になるわ。長岡君は宮本凜佳以上の力を持っているのかも」
「バカな。宮本凜佳には私ですらかなわないと思われます。長岡の力はそれ以上とおっしゃるのですか」
「可能性としてだけど。これは早い内に行動を起こした方がいいかもしれないわね」
「はい。ではゴールデンウィークにも」
「そうね。準備を進めて」
「わかりました」
◇◇◇
放課後、俺と珠子は不思議研究部の部室のドアを開けた。
「失礼します……」
すると、天王寺部長がすぐに近づいてきた。
「長岡君、珠子ちゃん、昨日はごめん!」
そう言って頭を下げる。
「い、いや、いいですよ」
この部長がここまで謝罪してくるとは思わなかった。
「でも、恐い目に遭わせちゃったし……これお詫びだから」
そこにあったのは透明な大きいケース。
「え!? これってコストコのフロランタン!?」
珠子が言う。
「そう。まだ売ってたから」
「やったー! 全部もらっていいんですか?」
「いいよ」
「うわー! 今日はパーティーだ!」
珠子が喜んでいる。しかし、珠子って名家の出では。それなのにこのコストコのやつで喜ぶのか。
「じゃあ、私のだからみんなに配っていいですよね。みんなで食べましょう!」
珠子らしいな。でも、俺のでもある気もするけど。まあ18枚あるし、5枚ぐらいいいか。
「いただきます! 美味しい!」
珠子は美味しそうに食べている。天王寺部長も宮本凜佳も女子の表情だ。
俺も食べるか。
「う、美味い」
「でしょ? これ、最高なのよ。凜佳、美味しいでしょ」
珠子はニコニコだ。
「うん。でも、これカロリー高くない?」
宮本さんがそう言うと珠子の手が止まった。
「どうして、そういうこと言うのよ凜佳!」
珠子が宮本さんを叩く。
「アハハ、ごめん、ごめん。そうだよね。別にカロリー高くてもその分動けばいいんだよ」
「そうだよ。今日は走って帰ろう。ね、ふうくん」
「……そうだな」
「あ、一緒に帰ってるんだ」
宮本さんが聞く。
「そうだよ。家の方向一緒だし」
「へー、そして部活も一緒と」
「だからあ、冷やかさないでって。また疎遠になったら凜佳のせいだからね」
「アハハ」
「そういうこと言ってると私としても反撃したくなるんだけどいいのかな?」
そう言って珠子は芝先輩を見た。
「う……ごめん、珠子!」
あっさり宮本さんは謝った。
「うん、よろしい。で、部長、今日は何するんですか?」
「今日は特別な予定は無いわ。通常会ね」
「通常会? 何するんでしょ?」
「自由ね。本を読んでもいいし、しゃべっててもいい」
ゆるい部活だな。
「なるほど。じゃあ、凜佳ちゃんと部長とおしゃべりしたいです!」
「いいねえ」
珠子の提案に宮本さんはあっさり乗った。部長も「仕方ないなあ」と言って三人で集まってガールズトークするようだ。俺は早く邪馬台国熊本説の書籍を読んでしまわないといけない。すぐに本を取って読み始めた。芝先輩はタブレットを使って何かやっているようだ。
本を読み進めるが、なかなか手強い。だいたい魏志倭人伝なんて曖昧な記述ばかりだから今まで邪馬台国の場所が特定できないのだ。特定できない以上、熊本に無かったことも証明できない。くそ、袋小路か。
ふと見ると女子達はフロランタンとは別のお菓子を食べながらガールズトーク中だ。
「部活のイベントってこれから何があるんですか?」
宮本さんが天王寺部長に聞いた。
「そうだなあ……土日にいろんなところに行ったりとか、夏休みの合宿とか」
「合宿! いいですねえ」
珠子が言う。
「今度の土日も何かあるんですか?」
宮本さんが聞いた。
「今度は無いけど来週はあるかな。ちょっと古墳見に行こうかと」
「古墳! いいなあ。私も行きたい」
「行けばいいじゃん」
珠子の言葉に宮本さんが言う。だが……
「だって、来週は部に居るかわかんないから。今体験入部だし」
「そういえばそんなこと言ってたね。いいじゃん、入部しちゃえば」
「でも、ふうくんが一週間後に判断するからって」
「えー! 別にいいでしょ。長岡君が入らなくても珠子が入れば」
「そうだけど……できればふうくんと一緒の部活がいいし……」
「珠子かわいそう。彼女のこと考えてくれる彼氏じゃないと私は嫌だなあ」
「だから彼女じゃ無いって」
「だったらなおさらだよ。長岡君が居なくてもいいでしょ」
「でも、私……」
珠子は泣きそうな声で言った。
はぁ、仕方ない。
「分かった分かった、入るよ。入ればいいんだろ」
俺は女子達に言う。
「ふうくん、聞いてたの?」
「聞こえるに決まってるだろ。まったく……」
「でもいいの? 邪馬台国熊本説に異議を唱えるんじゃなかった?」
天王寺部長が言う。
「異議は唱えますよ。当たり前です。でも、それに必要な情報を集めるには時間がかかりそうですから、それまでは部に居ます。そして、部長の説を打ち破って退部しますから。珠子と一緒に」
「あらそう。じゃあ、それまではよろしく」
そう言って天王寺部長は入部届を持ってきた。
「わーい!」
珠子が喜んでるから仕方ないか。
こうして、俺たちは不思議研究部に正式に入部した。