学校の裏口を出てすぐの場所にある山、通称・裏山はうっそうと茂った竹や木々があり、獣道とも言える狭い道があるだけだ。そこに天王寺部長は迷いも無く入っていく。それに萩先輩も続く。その後ろには宮本凜佳が続いた。
「ふうくん、なんか恐いよ……」
俺たちは最後尾。珠子が俺の腕にしがみついてきた。確かにこの山に入るのは別の意味で恐いな。
「部長、ここって入って大丈夫なんですよね?」
「大丈夫だよ。許可は取ってるし何回も入ってるから」
「そうですか」
何回も入ってるな不法侵入的な問題はないんだろう。
「とりあえず行くか。ユニコーン見たいんだろ?」
「う、うん……」
俺と珠子も後に続いて入っていった。
だが、山の中は単に道が続いているだけで周りは木々で囲まれ、特別何も見るものは無い。確かに大丈夫だな。珠子も安心しだしたのか、俺の腕をつかむ力も弱まってきた。
「ふうくん、なんかピクニックみたいだね」
「そうだな……」
だが、しばらく進むと違和感を感じた。天王寺先輩が立ち止まって言う。
「虫の声がしない」
確かに、先ほどまでよく分からない虫が鳴いていたがその鳴き声がしなくなっている。
「何か居ます!」
宮本凜佳が言った。
「え、どこ? ユニコーン?」
珠子が言うが俺にも何も見えない。
「明かり付けよう」
珠子がそう言ってスマホのライトを付けた。
「あ、バカ!」
そう言ったがもう遅い。珠子のスマホが照らす光の中に、赤い目が2つ光った。
「な、なに?」
「……ユニコーンじゃないな。低すぎる」
天王寺部長が言う。つまり、鹿じゃないということか。
動物の興奮したような鼻息が聞こえた。そして足音がする。
「近づいてくるぞ」
すぐに姿が光の中に浮かんだ。
「イノシシだ!」
走ってきているのはイノシシだった。
「逃げろ!」
天王寺部長がすぐに逃げ出した。それを追って萩先輩と宮本凜佳が駆け出す。俺も走ろうとするが、腕にしがみつく珠子が動かない。
「珠子?」
「う、動けない……腰が抜けちゃったみたい」
「はあ?」
イノシシが迫ってくるが、珠子が動けないなら俺も動くわけには行かない。仕方ない。近づいてくるイノシシを何とかしのぐしかない。と言っても、どうやって……倒すしか無い。キックかパンチか。
ここはキックだな。俺は覚悟を決めてファイティングポーズをとろうとした。だが、そのときだった。
「下がって」
見ると宮本さんだ。なんで帰ってきたんだ…… 危険だぞ。
「俺が相手するからどいてろ」
そう言って俺が前に出ようとする。すると
「うるさい!」
そう言って宮本さんは俺の腕を取る。あっと思った瞬間に俺は後ろに投げ飛ばされていた。
「ふうくん!」
珠子が俺に抱きつく。だが、イノシシは宮本さんの目の前だ。
「危ない!」
そう思ったときだった。いつのまにか宮本さんが持っていた竹の棒がイノシシの顔面に突き刺さった。ものすごい咆哮がこだまする。そこに宮本さんが蹴りを入れる。それでイノシシは豪快に倒れた。
「凜佳! 大丈夫?」
珠子が宮本さんのところに駈け寄る。
「これぐらいなら朝飯前だから。知ってるでしょ?」
「そうだけど……萩先輩に助けられたって聞いたからてっきり弱くなっちゃったって」
「違うわよ。あのときはどうしようか迷ってたら萩先輩が急に来て勝手に殴られちゃっただけ。あとは私が始末したから」
女子一人で男子三人を始末したのか。
「えっと……珠子。宮本さんって一体……」
「凜佳は肥後柔術の後継者の一人だよ」
「肥後柔術?」
「そう。あんまり知られてないけど、江戸時代から伝わる実戦柔術だよ」
宮本さんが説明してくれる。
「実戦柔術……」
「うん。スポーツじゃ無いからね。だからこういう武器も使うの」
そうやって竹の棒を見せた。
「戦場で使うための柔術だから」
「すごいな」
「あ、でも萩先輩には内緒にしておいて。先輩の前ではか弱い女子で居たいのよ」
「なるほどねえ……うん、わかった!」
珠子が言う。そういうことか。
「……わかったよ、宮本さん。助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。でも、思わず投げちゃってごめんね」
そういえば、投げられたんだった。あれはごく自然に投げられたな。
「いいよ。別に怪我してないし」
「でも、泥だらけだよ」
「……確かに」
「だから長岡君がイノシシ倒したことにしておいて」
「え?」
そこに天王寺部長と萩先輩が現れた。
「みんな、大丈夫!?」
「大丈夫です! 長岡君がイノシシをやっつけてくれました!」
宮本さんが叫ぶ。
「へー、長岡君、強いのね」
「い、いやあ……落ちていた竹槍で夢中になって突き刺したら当たったようで」
仕方なく俺は出まかせを言う。
「そうなんだ。これはお手柄だね!」
イノシシを見て、天王寺部長が言った。
「でも、このイノシシ、どうしましょう」
「そうだね……うちの親戚に猟師が居るし、そこに引き取ってもらおうか」
あとは天王寺部長が電話して引き取ってもらうことになった。
それにしても結局、ユニコーン、じゃなかった鹿は見つからなかったな。
◇◇◇
帰り道、珠子と二人で歩きながら、俺は言った。
「宮本さん、萩先輩のことが気になってるみたいだな」
「そうみたいだねえ。凜佳、普段は男子に助けられることが無いから、きゅんときちゃったのかな」
「そうかもな。でも、それにしても惚れやすくないか?」
「中学までは女子校だったみたいから男子に耐性無いと思うし」
「なるほど。それなのに高校は共学のうちに来たのか」
「そうみたいね。その事情はよく知らないけど」
「ふうん……それにしても宮本さん、強かったな」
「当たり前だよ。名前で分かるでしょ?」
「名前? 凜佳、だったよな」
「違う違う、名字の方」
「宮本……え? まさか」
熊本にゆかりのあるあの剣豪か!?
「詳しいことは私も知らないけどね」
珠子はニヤニヤしていた。そういえばこいつも熊本では名家の出だったよな。普段はそんなことはまったく感じないけど。今日も山で一人で腰抜かして動けなくなってるし。でも、もしかしたら……
「……珠子も何か武道とかやってたりするのか?」
「うん、やってるよ」
「マジかよ」
「そうだよ。見せようか。とぉー! はぁー! やー!」
そう言って、パンチやキックを見せてくれるが、どう見ても弱そうだ。形がなってない。
「わかったわかった、もうやめとけ。パンツ見えるぞ」
「え!? ふうくんのエッチ!」
「あいた!」
俺を叩いたパンチは結構腰が入っていて威力があった。