2025年、
突如世界中を大地震が襲ったが、不思議なことに建物の被害は皆無だった。
人々は神の奇跡だと喜んだが、事態は思わぬ方向に向かった。
迷宮が現れたのだ。世界各国の大都市に。
ニューヨークのグランドセントラル駅の古い地下トンネルの奥に。
北京の
パリのカタコンベの奥深くに。
俺の住む日本……。新宿駅の地下深くに。
どうみても人工物にしか見えぬ空間が出現したのだ。
それは地殻変動でできた洞窟の類ではありえなかった。
迷宮は世界中に魔物どもを解き放った。
それが今から30年前の話。
今では人々は探索者として地に潜り、魔物と戦い続けている。
だけど、無能力者の俺には関係ない話だ。迷宮に存在する魔素の適合者でない俺は魔法が使えなかった。魔法が使えなければ魔物と戦うのは自殺行為だ。
俺の生涯は、探索者とは無縁の一般市民のまま終わるはずだった。
だが、俺の人生も世界同様に思わぬ方向に進んでいく。
災厄は地の底からやってきた。
一方、天空からは予期せぬ隣人がやってきたのだ。
気の遠くなるような、
その事実を知るのは今は俺だけだが、やがて世界中の人々が知ることになる。
●
「――栗田先輩! 離してください! あのままじゃお兄ちゃんが殺されちゃう!」
「――
「――で、でも!」
段々と遠ざかっていくパーティーメンバーの声を聴きながら、俺は対峙した魔物を見上げていた。
その真っ赤な瞳が俺を捕えて離さない。口からは汚らしい
魔物の正体はドラゴンだった。
ドラゴンと言っても羽はなく、見た目は恐竜に近い。地竜と呼ばれるタイプだ。
D級のあいつらじゃ到底勝ち目が無い。この新宿ダンジョンの
しかし俺をダンジョンに無理やり連れてきておきながら、真っ先に逃げ出すとは。
琴美が信頼する連中だから、もう少し根性のある連中だと思っていたが……。
(ごちゃごちゃ考えてないで、さっさと片づけなさいよ。誰かが来たら面倒だわ)
頭の中に声が響いてきた。幻聴ではない。相棒……と言っていいのだろうか、俺に力を授けてくれた、宇宙からの客人だ。
(わかってるよ、シルヴィ。ドラゴンは初めて見るんだ。慎重に行動しないと)
(何よ、ビビってるの? そこいらのザコみたいな事言わないでよ。とにかく、配信も盛り上がっているんだから早く片付けて)
配信か……。大方、栗田のフォロワーが俺の最後がどうなるのか気になって雪崩れ込んで来たんだろうが、悪趣味な連中だ。こんな形で注目されることになるとは。
「がああああああああああああああああああ!」
俺がいつまでも
(シルヴィ、全力でやっていいんだな?)
(
(了解――)
俺が心中でそう答えた瞬間、地竜の爪が俺に迫った。俺は反射的に
地竜の攻撃は空振り、奴は一瞬で消え去った俺を見て呆気に取られている。
サイキックにより瞬間移動。これは魔法では再現できない技術だ。
(おお! すげえ躱したぞ!)
(偶然だろ、あんな幸運何度も続かねえよ)
(それにしても随分後ろに飛んだな?)
(E級の動きには見えないが……)
突然俺の頭の中に、ゆっくりとした機械音声が流れ始めた。
(ビックリした? 動画のコメントをテレパシーで飛ばしたのよ。盛り上がってるでしょ。……でも戦いが長引けば不自然さが出てくるわ。だから早くして)
シルヴィはそう言うが、E級の俺がドラゴンを倒した時点で世間は大騒ぎだろう。誤魔化すのにも限度があるが、とにかく今はアイツを倒す。
俺は指を銃の形にして、指先を地竜の顔に向けた。奴は本能的に危険を察知したのかこちらに突進してきた。
間髪入れずに俺は指先から
弾丸が奴の眉間を撃ち抜いた……が、さすがはドラゴンというべきか、肉に食い込みはしたが、頭蓋骨は貫けなかったらしい。ゴブリンなら爆散する威力なのだが、腐ってもドラゴン。モンスターキングと呼ばれる由縁だ。
(おいおい、アイツ銃なんか持ってんぞ)
(高校生の癖に生意気だな)
(でもドラゴンにダメージを与えられる弾丸なんてE級に買えるか?)
俺のサイキック能力を世間に知られるわけにはいかない。だから配信映像はシルヴィによって偽装され、動画では俺が銃を使っているように見える。
頭にダメージを喰らい、怒り狂った地竜が大きく息を吸い込み、火炎を噴き出してきた。勿論、これもスキップで回避する。奴の後ろに一瞬で転移し、難を逃れる。
相変わらず頭の中にはゆっくりした機械音声が響き続ける。連中には
このままスキップで回避しながら、
何かカモフラージュが必要だ。
俺はもっとも説明のつく倒し方を即座に考え出した。
(シルヴィ。俺の考えは読めてるな?)
(当たり前でしょ。全く、どうしてアンタはそんな事ばっかり思いつくの)
(批判をするなら代案を出してくれ。俺もこんな手段取りたくないんだ)
(……分かったわよ。映像は上手く加工するから好きにやりなさい)
「オイ! トカゲ野郎! 俺はここだぜ!」
ブレスを吐き終わった地竜を挑発すると、奴はもう何も目に入らずといった調子で俺に迫った。
「そうだ……そのまま俺に食いついてこい!」
魔物との意思疎通は不可能なはずだが、不思議と俺の言葉が通じているように見える。その証拠に、奴は大口を開けて俺へと迫った。
竜の口の中、牙の一本一本がハッキリ見える距離まで接近したところで俺はスキップを発動する。
そして闇が訪れたのだ。深淵にも似た闇が。