「そこまでだ!」
急に背後から声を掛けられ、俺は慌ててハイポイントから手を離した。
振り返れば、二人組の女性が立っていた。
一人は赤い髪をした切れ長の目をした女だ。仕立ての良さそうなブラウスと、革のタイトスカートを履き、油断なくこの場の全員を睨みつけている。
もう一人は対照的な青い髪をした少し垂れ目の優しそうな女性だ。彼女はバレエダンサーが着るような、レオタードドレスを着ている。胸より上の露出が大きく、相方より豊満な肉体をしていた。
二人とも迷宮に不釣り合いな格好だが、腕と足には金属製の立派なガントレットと脛あてを付けており、実力者の雰囲気を漂わせている。
「私たちは迷宮庁の保安部の者だ。全員そこを動くなよ」
「不適切配信の通報を受けて急行しました。みな大人しくしてください」
赤髪がやや威圧的に振る舞うのに対して、青髪は丁寧な物言いをする。多分だがコンビで役割分担をしているのだろう。
(何とか間に合ったわね。アキラ、状況的に仕方なかったとはいえ、考えなしに行動するなんてアンタらしくないわね)
(す、すまない)
二人はシルヴィの通報によって急行してくれたのか。それにしても都合よく保安部の人間が渋谷にいてくれて助かった。
「た、助けてください! 僕たちあいつらに殺されそうに――ぶぎゃ!」
「よくそんな口が利けるね? 配信映像は確認済みだ。あの子に問題が無いとは言わないが、原因はアンタだ。神妙にしな」
「アナタたちには脅迫罪や強要罪の疑いがあるわ。詳しくは取り調べ次第だけど、動画でばっちり証拠が残ってるんだから観念しなさい」
川口は被害者面をしたが、当然二人には通用しない。しかし川口がアホである意味助かった。黒田さんがどんな事情であいつらに脅されていたのか知らないが、最悪の事態は防げた――のだろうか? もしや既に彼女は既に――
(その心配はないわ。心を覗いたけど、ひどいことはまだされていないわ。彼女のプライバシーに関わるからアンタには言えないど)
シルヴィの言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「お、お兄ちゃん! 私も頭が冷えたからもう離してよ!」
安堵したのもつかの間、慌てて琴美を離し、サイコキネシスも解く。
「君たちも少しやり過ぎだ。結果的には上手く行ったがな」
赤髪が射貫くような視線を俺に向ける中、青髪の方は川口の顔面に手を当てて、傷を癒していた。どうやら彼女はヒーラーらしい。
「リコ、てめえ覚えてろよ! 少年院から出たら真っ先にお礼してやるぜ!」
「ヒ!」
懲りずに脅しをかける川口に、俺は反射的に動いていたが、赤髪が手で制した。
文句を言おうとしたが、その前に青髪が微笑みながら川口に詰め寄る。
「あら、法律に詳しいの? ボク?」
「へ、馬鹿にすんな! 少年法で未成年は守られてるんだ。どうせ大した――」
その瞬間、青髪が川口の顔面を殴りつける。
俺は素手だったが、彼女はガントレットを付けている。その威力は、折角治った川口の顔面を一撃でぼろぼろにした。
川口は歯が折れたのか、声も出せずに痙攣している。
その光景に俺や琴美、黒田さんも息を飲んだ。だが青髪は、ズタボロの川口をあっという間に治療すると再び殴りつけた。一度だけでは終わらず、何度何度もだ。
「大人を馬鹿にするんじゃないわよ、ボク。アナタのような探索者が増えたせいで、私たち仕事が増えて大変なの。わかる? 簡単には死ねないわよ」
顔はにこやかだが、やっていることは拷問だ。彼女の振舞いに、俺は毒気を抜かれていた。
「ゆり子、その辺にしておけ。これ以上の見せしめは逆効果だ」
「ケイ子ちゃん。アナタも甘いわね。まあいいでしょ。動画を見ている不良探索者のみんなも、こうなりたくなったなかったら真面目に仕事をしなさい」
初め見た時はてっきり青い方、ゆり子さんがストッパー役だと思ったが、逆だったとは。そして赤い方のケイ子さんとやらの言葉が川口を地獄に突き落とす。
「さて、少年法をあてにした君には残念なお知らせだ。先日の法改正で、探索者による犯罪は一律重罪となった。君の行為は探索者に対する国民の信頼を著しく傷つけた。普通の犯罪者のように刑務所には行けんぞ。懲罰として迷宮で死ぬまで魔物狩りをしてもらう」
川口ははじめ、ぽかんとしていたが、段々と現実を理解したようで、子供のように泣き叫んだ。
それを見たゆり子さんがまた拳を握ったが、ケイ子さんが手をかざすと川口は意識失い眠りこけた。魔法で眠らせたようで、彼女はメイジらしい。
やがて駆けつけた警察官に、川口と取り巻き一派は連行されていった。
立ち尽くす黒田さんへ、ゆり子さんが優しく話しかけた。
「貴方も私と一緒に来て。事情を聞くけどおおよその見当は付いているわ。心配しなくても大丈夫よ」
「は、はい」
黒田さんは羽織っていたマントの前を閉め、ゆり子さんに付き添われて迷宮を後にした。帰り際にこちらを振り返り、目と目が合った。
「さて、君たち、E級探索者の大友君とD級の妹さん。話を聞かせてもらうぞ」
見つめ合う俺たちだったが、ケイ子さんのお説教が始まってしまった。
俺はありのままに、川口に殴りかかった経緯を離した。無論、シルヴィの件は伏せているが。
「止めに入ったのは英断だったが、彼女を保護してさっさと引くべきだったね。万が一あのまま殺していれば君も妹さんも罪に問われていた」
「……仰る通りです」
「……すみませんでした」
彼女の言い分は正しく、俺は項垂れるばかりだ。琴美は納得いかないのか僅かに言葉に不満が漏れている。
「しかし君もトラブル体質だな。一昨日もドラゴン出現の時も味方に置き去りにされ、今度は不適切配信に出くわすとは」
心臓がドクンと跳ねた。どうやら俺は既に目を付けられていた様だ。
「だが、先日の一件があったことで、浅層の巡回を強化している所だった。そう考えるとやっぱり君のおかげかな。あの子が助かったのは」
なるほど。通報を受けて急行したにしては早すぎると思ったが、元々パトロールしていたのか。
「あ、あの、黒田さんのあの配信はどうなるんですか?」
黙っていた琴美が恐る恐るケイ子さんに問いかけていた。
「無論、アーカイブには残せんから直ちに配信を止めたが、視聴者が録画してしまったものはどうしようもないな。視聴数は数百人程度だから多いとは言えんが」
「そ、そんな」
そうか……。その問題があったか。黒田さんが辱められたあの映像が、デジタルタトゥーとして残ってしまうのか。
暗澹たる思いが、俺の脳内に駆け巡った。琴美も早くからその可能性に気づいていたようで、肩を落としている。
(安心しなさい。視聴者で録画していた人間も確かにいたけど、私の方で映像は破棄しておいたわ)
(ホントか!)
(シルヴィちゃんスゴイ!)
(まあね。オンラインでつながっているデバイスならいくらでも操作できるわよ。原始文明のセキュリティなんて赤子の手をひねるようなものよ)
この状況を救ってくれたのは、やはりシルヴィだった。異星人の技術力は地球の遥か上を行っている。
俺はシルヴィに感謝する共に、彼女の底知れぬ力に密かに恐れを抱いた。