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第10話 エロ配信

 迷った末に、結局俺は帰ることにした。シルヴィの言うように、誰かにバラバラ死体について問い詰められたら厄介だ。


 来た道を引き返すと、何故だがより奥まった所に進んでしまい、明らかに来たことの無い、広場のような空間に出てしまった。


「あれ? おかしいな?」

「お兄ちゃん。地図を反対にして見てない?」

「あ、そうか。しまったな」


 琴美に指摘され気づいたが、スマホを逆さに持ってしまい道を間違えてしまった。

 探索済みの場所はアプリで道が表示されるが、ケアレスミスは無くならないな。


 報酬が振り込まれたら、琴美のようなスマホ固定用のアームバンドを買うか。


 そんなことを考えていると、聞き覚えのある耳ざわりな大声が聞こえきた。驚いて俺はつい広場の入り口からその姿を伺う。


「さーて、お待ちかねの変態JKリコちゃんの生配信の時間でーす!」 

「イエー!」 


 バカ騒ぎしている男は知り合いだった。クラスメイトの川口というハッキリいえば不良だ。見つかって絡まれたら面倒だ。


 しかし、アイツも確か探索者だったが、不適切配信で儲けようって魂胆か。


 それにしても、今、リコと言っていたがまさか……。

 不吉な予感に俺は嫌な緊張感を覚えた。

 そして、その予感は実現してしまった。


「……こ、こんにちは。今日はリコの配信を見に来てくれてありがと……」

『黒ギャルキター!!』

『えっろ!!』

『褐色金髪に紫下着は鉄板ですな』


 現われたのは黒田さんだった。

 彼女は魔法使いみたいな帽子を被らされ、下着にマントだけの扇情的な格好をしていた。恐らく漫画に出てくるキャラをイメージしての事だろうが、黒田さんがあんなことをするなど、何かの間違いではないか?


 自然と手を握りしめる俺に、川口は視聴者をさらにあおり始めた。


「さあ、視聴者の皆さん! 変態リコちゃんはまだまだ物足りないよ。スパチャ投げ銭、受け付けてますんで金額次第ではもっと脱いじゃうかもね」

「え! そ、そんなの聞いて――」

「うおお、川口さん! あっという間に目標額達成す!」

「まじかよ! リコ! 今すぐ脱げ!」

「……!」


 今にも泣きだしそうな黒田さんだが、視聴者たちはその様子に興奮したのか大声で囃し立て始めた。


『ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ!』

「おい、リコ! もう金は貰っちまったんだ! 今更後には引けねえぞ」

「ううう!」


 遂に泣き始めた黒田さんを前に、俺は固まって動けなかった。彼女が好んでこんな事に手を染めているとは到底思えないが、事情が分からない。

 琴美も困惑してじっと俺を見ていた。


 だが、シルヴィの言葉が、石化の呪縛から俺を解き放った。


(アキラ……あのリコって子、脅されてるわよ。通報したからもうすぐ――)


 黒田さんは脅されてあんなことをしている……。

 それを知った瞬間、気づけば川口の顔面が目前にあった。


「……へ?」


 その呆けた馬鹿面に、渾身の力を込めて拳を突き出す。


「ぶべら!」


 パンチが川口の鼻っ柱をとらえ、奴を壁にまで吹き飛ばした。


「てめえらに今日を生きる資格はねえ!!」


 俺は腹の底から声を絞り出し、取り巻き連中を睨みつけた。


「お、大友君?」

「……事情は分かってる。着なよ」


 呆然とする馬鹿どもを尻目に、俺は彼女にジャージの上を手渡した。

 震える手で、それを受け取った黒田さんは震えながら大粒の涙をこぼした。


「……大友君にこんな姿、見られたくなかった」

「!!」


 今にも消え入りそうな、彼女の声は俺の心臓を撃ち抜いた。やりきれない思いが俺を襲い、憎悪が膨れ上がる。


 俺はそのどろっとした不愉快な何かを、起き上がってきた川口に叩きつける。


「て、てめえ大友か! こんな事して済むとでも――」

「しゃべるな、下衆が」

「な、ごは!」


 ボディーブローが川口の腹にめり込んだ。奴は汚らしい胃液をぶちまけたが、この程度で許すわけにはいかない。


 足を踏みつけ、さらにサイコキネシスで動きを止め、ひたすら殴りつける。

 殴るたびに川口の顔は、落とした紙粘土のように歪んでいく。

 顔がボコボコになり、原形が留めなくなった辺りで俺は気配を感じて振り返った。


「お兄ちゃん!」


 琴美だった。取り巻き連中は琴美に叩きのめされたのか全員床に伸びていた。


「止めるな琴美。こんなもんでは――」

「どいて! そいつは女子の敵よ! 私が殺すわ!」

「え?」


 てっきり俺を止めるつもりだったと思ったが、逆だ。シルヴィが事情を知らせたのか、琴美は怒り心頭で暴走していた。川口はクソ野郎だが、妹を殺人者にするわけにはいかない。


「お、落ち着け琴美! 流石に殺すのはまずい!」

「どうして止めるの! お兄ちゃんも生きている資格がないって言ったじゃない!」

「こいつが生きる価値に値しないのと、殺していいかは別問題だ!」


 不本意だが川口を放し、琴美を羽交い締めにする。単純な力では敵わないのでサイコキネシスを併用して何とか動きを止められた。


 そのうちに、川口は起き上がり、俺たちを非難し始める。


「お、お前ら! こんな事して済むと思っているのか! 探索者同士の戦闘はルール違反だ! てめえらを傷害罪で訴えてやる」

「川口……お前が彼女を脅したのは分かっている」

「ふざけんなそんな証拠どこにある! リコは同意のうえで協力したんだぞ!」

「減らず口を――」

「違います! 私は脅されて無理やりこんな事されたんです!」


 川口のふざけた言い分に、琴美同様に理性を失いそうになるが、切り裂くような黒田さんの叫びが俺を止めた。

 だが、川口の馬鹿は、彼女の勇気を踏みにじった。


「リコ! 裏切るのか! こうなったらてめえの住所をネットで晒して――」


 聞き捨てならないその言葉に、俺は腰のハイポイントに手を掛けた。

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