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第9話 黒ギャル

 無事銃は買えたが思った以上に散財してしまった。

 なけなしの全財産を使い果たし、懐が寂しい。


「それで、この後はどうするの? 家に戻って奥多摩に行く?」

「今からだと大分帰りが遅くなる。……折角だから渋谷のダンジョンで試し打ちも兼ねてひと稼ぎするか」

「賛成!」


 この渋谷にも地下街にダンジョンがある。ダンジョンは地下に無作為に発生する。都心であれば大抵は地下鉄の付近だが、奥多摩の様な田舎だと自然洞窟にできる。


 仕組みは全く解明されていないが、ダンジョンの魔物を放置しておくと、いずれ溢れかえり、スタンピードと呼ばれる大災害が発生する。


 こうなると、収拾がつかず、地上では探索者も満足に戦えない。スタンピードが起きた際には入口周辺に魔素が発生し、一時的に魔法が使えるようになるが、それでもダンジョンより魔法の効力は落ち、強さは一段階落ちる。


 最終的には軍隊を出動させ、ミサイルや大砲で徹底的に叩くしかないが、それでもA級クラスの魔物相手では、防ぎきれないことも多い。


『……東アフリカで発生したスタンピードは今だ鎮圧の目途が立たず、専門家によると現状では自壊を待つしか手段がないと――』


 丁度、通りかかった電気屋のTVが魔物災害の情報を伝えていた。

 思わず足を止めて、聞き入る。琴美も真剣な顔で聞いている。


 地上には魔素が無い。そして魔物は魔素無しでは生きられないのだ。

 どうやら、体内に魔素を蓄えているようで、しばらくは魔法も使えるのだが、やがて魔素を使い果たすと、急激に衰弱して死に至る。


 おかげで、地上が魔物であふれかえることにはならないが、奴らは見境なく暴れまわり、人々の築いた街を容赦なく破壊していく。


『続いてのニュースです。先日施行された――』


 つい立ち止まって報道に聞き入ってしまったが、これ以上聞いていても仕方ない。

 先に進もうと足を踏み出した瞬間、琴美が大声を出した。


「お兄ちゃん!」

「ん? どうし――」

「きゃ!」


 しまった! うっかり人を突き飛ばしてしまった。


 それも女子高生だった。

 その子はもんどり打ってひっくり返り、スカートの中が丸見えになってしまう。

 すぐに顔を伏せながら、彼女の手を引く。


「すいません! 大丈夫ですか? よそ見をしていて申し訳ない」

「……い、いえ、あたしもぼーっとしてたから」


 よく見れば、俺の高校と同じ制服だ。しかもスカーフの色が赤だから、学年も同じか。休みなのに制服とはJKらしいな。


 その子はいわゆる黒ギャルだった。髪を金髪に染め、小麦色の肌に良く映えている。琴美ほどではないが、胸も大きい。……そして下着の色は紫だった。


 絵にかいたようなギャルだが、同じ学年にこんな子いただろうか?


「あ、あの、大友君だよね?」

「ん? 俺の事知っているの?」

「1年の時クラスメイトだった、黒田理子くろだりこです」

「……え? 黒田さん?」


 その名を聞いて驚いた。確かに彼女は1年の時のクラスメイトだ。


 しかし、黒田さんは眼鏡をかけた真面目そうな子だったはず。

 俺と同様、クラスでは目立たぬ方だったが、記憶に残っていた。


「な、なんというか、随分思い切ったイメチェンしたね」

「……やっぱり変だよね」

「変だとは思わないけど。そんなにギャルが似合うとは思わなかっただけだよ。普通に可愛いよ」

「え!?」


 何気なくそう言うと、黒田さんは頬を染めて、もじもじし始めた。

 どうも誤解を与える発言だったかもしれない。


「お兄ちゃん。早く行きましょ。それに黒田先輩を引き留めたら悪いよ」

「ん、それもそうだな。じゃあ黒田さん俺はこれで」

「う、うん」


 琴美が妙に急かすので、俺は黒田さんに別れを告げる。


「ところで琴美、黒田さんと面識あったのか?」

「知らないよ、あんな不良っぽい人。お兄ちゃんが名前を読んだから名字だけは分かったけど」

「そ、そうか」


 やれやれ、ギャルの格好だけで不良扱いとは。琴美は少し潔癖すぎるな。

 偏見は良くないのだが、今の琴美に言っても無駄だろう。

 兄としては複雑だが、一旦この問題はお預けだ。


 ●


 黒田さんと別れた後、琴美はなぜか不機嫌そうだった。

 微妙な空気が流れ、寄り道もせずにさっさと渋谷ダンジョンに入り、階段を下りていく。


 流石に都心だけあって、迷路の入り口付近には人が多かった。

 情報収集も兼ねて雑談に興じる俺たちぐらいの若者がたむろしている。


 あまり人目に付く訳にもいかないので、俺たちは浅層の外れへと進んだ。


 道中には、ホーンラビットや迷宮コウモリなど最弱級の魔物が数体出たが、全て琴美が切り伏せた。最弱と言っても一般市民には脅威の相手だが、俺たちにとってはザコ同然だ。


 この渋谷ダンジョンが初心者が腕を磨く場所として有名な由縁だ。


「こんなんでも討伐報酬が出るが、戦利品が無いのが痛いな」

「私もこの辺りの敵を倒しても経験にはなりそうにないわ」


 探索者は魔物を倒すことで成長、要するにレベルアップする。そうして、メイジやヒーラーは新たな魔法を覚え、ファイターは強化魔法の効力が上がっていく、強化魔法は極めれば、大岩すら持ち上げることすら可能になる。


 琴美の様な上位適合者は簡単にレベルアップするが、自身より格下の魔物を倒しても、成長することはない。死闘無くして成長なしという奴だ。


 そんなことを考えていると、入口からも出口からも外れた一角にたどり着く。

 この辺は人通りもあまり無いから俺も銃の試し撃ちと行くか。


 ちょうどおあつらえ向きにゴブリンが一匹出てきた。残念ながら無手だ。倒しても戦利品は得られない。


「琴美、銃を試すからあいつは俺に任せてくれ」

「うん。わかった。頑張ってね!」


 さて、いくらカモフラージュといっても多少は使えないとな。

 特殊弾を使うなど論外なので、あらかじめ装弾しておいた通常弾を使う。


 ゴブリンが身構えたと同時に、俺はハイポイントを抜き、素早く発砲する。

 ぱあん! と乾いた音が響き、弾は見事に命中した……が、やはり一発では倒せない。弾丸を喰らいながらも果敢にゴブリンが突撃してくる。


 続けざまに何度も撃ちこみ、弾はあっという間に無くなった。

 ゴブリンは重傷だが、それでも戦意は失っていない。


 仕方なく俺はハイポイントを思いっきり投げつけ、ゴブリンの顔面にヒットした。

 フォースで筋力が強化されているので投擲と言えど強力だ。ゴブリンは全身銃創だらけだが、死因はおそらく頭部への打撲だろう。


「お兄ちゃん! そんなに乱暴に投げつけて壊れたりしたらどうするの!?」

「しまった。そのことは考えてなかった!」


 慌ててハイポイントを回収し、弾を込め直して壁を撃ってみる。

 問題なく弾は出た。安いが頑丈だというのは嘘ではなさそうだ。


 しかしなあ。弾倉丸々一本使ってゴブリン一匹倒せないとは。

 やはりカモフラージュに使うしかないが、折角なら有効活用したい。


 そんなことを考えていると、もう一体ゴブリンが出た。


「どうするの、私が殺ろうか?」

「そうだ――いやちょっとまってくれ。もう一度試す」


 俺は引き金を引くと同時に、銃口から射出された弾丸の勢いをサイコキネシスで加速させる。


 すると、弾丸は見事にゴブリンを一撃で仕留めた……のだが、威力が強すぎて頭が爆散してしまった。


(このおバカ! 前も同じような失敗をしたでしょう! 学習能力が無いの!)

(あ、あれはサイコガンを試したときだろう。今回とは――)

(首なし死体は不審に思われるって何度もいっているでしょう!)


 突如響き渡るシルヴィの罵声に俺は身を竦めた。これまで黙っていたが、きちんと見守ってくれていた様だ。


 とにかく、銃を使っているのに首無し死体が見つかると矛盾が出る可能性がある。

 別にいちいち死体を確認することなどしないだろうが、万一がある。

 仕方なく俺はカモフラージュを施すことにした。


(琴美、悪いが剣を貸してくれ。あとうっかり肉声で会話していたが、ダンジョンの中ではテレパシーにしよう)

(それは良いけどどうするの?)

(まあ見ておけ)


 俺は黙って剣を受け取り、ゴブリンの四肢に向け振り下ろす。


「よっこいしょ、どっこいしょ」


 返り血を浴びない様に、慎重に解体を進める。最初にやった時は返り血を浴びて大変だったからな。もう手慣れたものだ。


(……お兄ちゃん、何かそのゴブリンに恨みがあるの?)

(うん。これはな、首無し死体だと目立つけど、バラバラにすれば首が無くても気づかれにくいだろ? カモフラージュだよ)

(琴美ちゃんからも言ってやってよ。そんなだからサイコ――)

(お兄ちゃん頭いい!)

(ええぇ……)


 シルヴィは相変わらずぶつくさ言うが、琴美は俺の合理性を理解してくれた。

 解体が終わると、そこには首なし死体ではなく、バラバラ死体が誕生していた。

 これなら首が無いことなど些末な事だ。


(アキラ、前から気になってたんだけど、もし誰かに目撃されたら何ていうの?)

(そりゃあ、魔物への憎しみとかストレス発散とかいくらでもいいようはあるだろ)

(……)


 シルヴィは黙り込んでしまったが、これ以上ここを探索しても戦利品は見つかりそうにない。


 引き上げを検討する俺だったが、思わぬ事態に直面することになる。


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