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第8話 装備調達

 明くる日曜日、俺と琴美は渋谷に来ていた。

 普段こんなところに俺は滅多に来ないが、もちろんショッピングだ。といっても服を買いに来たわけではない。


 有名なファッション施設群から少し離れた一角に、その店はあった。


「シブヤ・アームズ&プロテクター……ここか」

「ここで鉄砲を買うの?」

「そうだ、色々と調べてみたが近場じゃここが一番だ」

「へえ。でもこんなところに鉄砲屋さんなんてあったんだ」


 琴美がそういうのも無理はない。ファッション街で有名な渋谷だが、ダンジョン登場以前から銃の老舗が存在した。


 日本は、探索者に限って銃規制の緩和を実施し、主にアメリカから銃を輸入している。それ以来、都心では渋谷に銃砲店が集中することになった。


 銃を使う探索者は珍しくない。戦士が副武装サイドアームとして、メイジやヒーラーが魔法回数切れの際に保険として持つことが多い。

 だが、銃には燃費が悪いという問題がある。


 とにかく弾丸代が馬鹿にならない。魔物特攻の特殊弾は、材質によってピンキリだが、最低でも1発千円はする。通常弾ではゴブリン相手でも下手したら10発は必要だ。上位探索者ならわざわざ高い金を払ってまで銃を使ったりはしない。


 そういう訳で、銃を使うのは主にD級やC級だ。店内に入ると、それを裏付けるように、中堅探索者と思われる客がちらほらいた。


 彼らは一様に、コンバットスーツとか、タクティカルスーツと呼ばれる防具を身に付けている。店の中にはいたるところにライフルやショットガンが陳列されているが、彼らが着ているようなプロテクターも数多く並んでいた。


 元は軍用の防弾装備から発達した防具だ。こういった装備を主に使うのはC級までだ。B級以上の実力者は、魔鋼を使用した金属鎧や、魔物の鱗を使用したスケールアーマーを好んで使用している。


 ともかく、俺と琴美はカウンターまで進み、店主に話しかけた。昨日と同じ、間に合わせの装備しかない俺たちを見て、店主や他の客は白い目で見てきた。

 俺に至ってはジャージだからな。 


「坊主、何の用だ。ここはひよっこの来る店じゃねえぞ」


 店主はぶっきらぼうにそう言い放った。禿頭にタンクトップ。ごつい体で絵にかいたような筋肉モリモリマッチョマンだ。

 俺はカウンターに身を乗り出し、探索者IDを見せつけながら堂々と言い放つ。


「俺はともかく妹はD級だ。子供扱いはやめてくれ」

「実際ガキだろうが。……まあいい何が欲しい。武器か、防具か?」

「銃を見せてくれ。ハンドガンだ」

「ふん、生意気な。まあいいちょっと待ってろ」


 そう言うと店主はカウンター下から4つほど銃を取り出した。

 ぞんざいそうな態度とは裏腹に、店主は俺に向けて懇切丁寧に説明し始める。


「まずはGlockグロック 19、 反動が控えめで扱いやすく信頼性が非常に高い。弾倉には15発入る。お次はSmithスミス & Wessonウエッソン M&P9、 これも信頼性が高く、耐久性も優秀だ。弾倉には17発入る。手に取ってみろ。人には向けるなよ」


 言われるがままに、俺は二つの銃を手に取り、感触を確かめた。思っていたより軽い感じがする。銃には詳しくないので正直違いが分からなかった。


「……で、いくらなの?」

「両方とも15万だ。びた一文負けんぞ」


 15万だと!? 俺の手持ちは今5万円しかない。とても手が出ない。


「……残りの二つは」

「どうせ買わねえんだろうが、一応解説してやる。Berettaベレッタ 92FS、耐久性と安定性が抜群だ。長年米軍で使用された実績があるから信頼性は勿論、精度も高い。装弾数は15発。最後はSIG Sauerシグ・ザウエル P320、トリガーが軽快で精度も良好、これも米軍が採用している。装弾数は17発」

「……値段は?」

「ハッキリ言うが、今のお前には買えんぞ。さっきのより高いからな」


 こちらの懐具合などお見通しなのか、店主はストレートに言い放った。

 店内の客が、俺の様子を見て忍び笑いをしている。

 新人が背伸びをしていると思っているのだろう。


 だが俺にとって銃はカモフラージュに過ぎない。信頼性も精度も2の次で、弾さえ出ればいい。


「もっと安いのはないのか。最低限の品質があればいい」

「お前なあ、金をケチって装備を疎かにするのはアホのすることだぞ。……まあいい、どうせそういうだろうとは思っていた。丁度良いのがある」


 そういって店主は新しい銃を取り出した。


Hi-Pointハイポイント C9、見た目は無骨で重いが、動作はシンプルで頑丈だ。性能は良いとは言えんが、悪くはない。驚くほど安いが、サタデーナイトスペシャルのような粗悪品とは雲泥の差がある。装弾数は8発だ」


 手に取ってみると、さっきのグロックとやらと比べるとずっしりと重く感じる。

 見た目も何というか野暮ったいが、贅沢は言えない。


「こいつなら4万で売ってやる。アメリカなら200ドルで買える代物だ」

「買った!」


 俺は即答した。さっきの銃の3分の1だ。買うしかない。というかこれしか買えない。店主は呆れているようだが商売を続けてくれた。


「……そうかい。で、弾はどうするんだ」

「そ、そうだな。特殊弾を5発と通常弾を100発、いや50発くれ」

「そうなると、ちょうど5万円だな」


 ぐぐ、有り金がすっからかんだ。昼飯のバーガーも買えやしない。


「……それよりお前らもう少し防具は何とかならんのか。そっちの子はD級だろ? そんな気休めみたいなもんじゃなくて少しはましな防具を買え。無論ジャージなんて論外だ」


 しかし、いかつい見た目の割には面倒見のいい親父だな。

 どうも言葉とは裏腹に、俺たちの事を心配しているように思える。

 シルヴィなら心を読んでその真意が把握できるのかもしれないが。


 ともかく、俺はともかく琴美の防具は優先したいな。俺と違って近接職だ。


「琴美、今日はいくら持ってきたんだ? 折角だからこの際に装備を揃えよう」

「えーと、とりあえず10万円持ってきたんだけど」

「それだけありゃいっぱしのものが買える。兄と違ってしっかりしてるな」


 オヤジは嫌味を言いながらも、俺たちを防具売り場に案内してくれた。


「足りてない者が多すぎるが、まずは胸当てだろうな。……嬢ちゃんのサイズだとこの辺だが……」


 琴美が以前付けていたのに似たようなケブラーベストが用意され、琴美は試着してみた。


「あ、あの、胸がきつくて……」


 その言葉に店内の男どもが一斉に振り向いて、琴美の胸部に視線を集中した。

 俺とオヤジは視線の主たちを睨みつけ、連中は顔を伏せた。


「うーむ、女性探索者ってのはそんなに数が多くないからな。必然的に男用品が多くなるんだ」

「少し大きめのサイズをつけたらどうだ?」

「隙間が空けば、衝撃からの抵抗が半減する。お薦めできんな」


 その後もいくつか試着してみるが、どうも胸の大きさが災いして丁度いいのが見つからない。オヤジも困っていたが、何か思いついたのか、バックヤードに突然引っ込んだかと思うと、大きな箱を抱えてきた。


「すっかり忘れていたが、コイツなら嬢ちゃんにちょうどいいかもな」


 そう言って箱から取り出したのは、白いチェストプロテクター、いやバストプロテクターとでもいうのだろうか? スポーツブラのような形状で、カップ数は随分大きめに作られているようだ。


「こいつはさる女性探索者の依頼で作ったんだが、カップサイズが間違っていたらしくて装備できなかったんだ。おかげで作り直しになっちまって死蔵していたんだ。付けてみな」


 オヤジにせっつかれ、琴美はいそいそと装着を始めた。


「スゴイ! 胸が全然苦しくない!」

「そいつは特殊なゴム素材をベースにしててな。胸に負担を掛けずに安定感と防御力を実現している」


 琴美ははしゃいでピョンピョン飛び跳ねるが、それに合わせて胸が弾んでいた。

 どうも本人の感覚的には邪魔にならない様だが、はた目にはすごいことになっている。 


 店内の男どもはこっそり顔を上げて覗いていたが、オヤジさんが大きくせき込むと、皆顔を下げた。


「さて、そいつは5万でいい。後は最低限、足の防具は買っておけ。腕が無くなっても足が無事なら生き延びられる」

「随分安いな。特注品ならもっと高いんじゃないのか?」

「どうせデッドストックだ。構わねえよ」

「おじさんありがとう!」


 琴美の屈託のない感謝にオヤジさんは顔を少し赤らめている。

 その後、脚部を保護するレガースや、中古品の小手などを選び、結局琴美の防具だけで8万円の出費となった。


 銃と合わせれば13万か……。

 最低限の装備でもこれだけの先行投資が必要とは、探索者も楽ではない。


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