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第7話 奥多摩ダンジョン

 昼飯を食べ終えた俺たちは、シルヴィとは別れて奥多摩ダンジョンのある洞窟に来ていた。


 元は観光スポットの鍾乳洞だったが、内部にダンジョンが発生し、以前は観光客相手に賑わっていた売店もシャッターを閉じている。しばらくは探索者向けに営業したようだが、この場所を探索に訪れるものは少なく、既に閉店している。


 時折、迷宮庁から依頼を受けた探索者や自衛隊の迷宮対策部隊が魔物狩りに来るそうだが、普段は人っ子一人いない。


「やっぱりこの辺は都心とは全然違うね」

「そうだな。だが俺にとってはちょうどいい」


 そう言って鍾乳洞の中に入ると、ひんやりした空気が汗ばんだ体を冷やしてくれる。既に季節は初夏だが、この中は寒気すら感じる。


 二人で奥まで進むと、やがてダンジョンの入口が見えてきた。


「ご苦労様です」

「……君もこんなところに何度もよく来るね。今日は彼女連れか?」

「いやだわ、兵隊さん。妹です」


 入り口を管理している馴染みの自衛官にIDを見せて入場する。

 ダンジョンは入口に当たる門をくぐると、すぐに階段となっている。これはどこの迷宮でも一緒だ。気づけば、ドローンが俺たちの後ろをついてきていた。


 さて、これまでは一人探索だったから問題ないが、琴美と一緒だと迂闊にしゃべれないな。音声を拾われる危険性がある。


(その通りよ。基本は心中で会話しなさい。私のテレパシーで繋いであげる)

(お、そうか助かる。琴美、サイキックやシルヴィの事は口にするな。心の中で思い浮かべれば、シルヴィを通してテレパシーで会話できる)

(ほ、ホントだね。分かったわ)


 階段を下りながら、今後の方針について協議する。

 別に俺は配信で儲けようなどとは考えていないが、ダンジョンでの行動は逐一情報公開が義務付けられている。映像のシャットダウンは無理だ。


 はたから見たら、無言で探索する兄妹というのも異様だが、致し方ない。


 ともかく、下に着くと、そこは典型的な迷路型のダンジョンだ。

 石畳の床が続き、壁には所々に光を発する不思議な石がはめ込まれており、明かりに困ることはない。


 迷路の先には、小さな小部屋や大部屋。そしてドーム状の広場など様々な空間が存在する。ゲームで有れば宝箱でもありそうだが、残念ながらそんな者は存在しない。


 大抵のダンジョンはまずこういった迷路型の地形から始まり、下へ降りるほど環境が過酷になっていき、魔物の強さも上がる。


(それで、今日はどういう感じで探索するの?)

(そうだな。俺は銃を紛失したことになっているからサイコガンで戦うとぼろが出る。映像加工にも限界があるから不自然だ)

(じゃあ、今日は私が中心に戦うね)


 方針を決めたその時、通路の向こう側から気配を感じた。

 気配の正体は当然魔物だ。現われたのは剣を持ったゴブリン。無手のゴブリンに比べて手強く、E級にとっては強敵と言える。


 俺が身構えるより早く、琴美が動いた。

 素早く剣を抜き放ち、一瞬で首を跳ね飛ばす。


 琴美は既にD級。探索者になってまだ数か月だが高位適合者の妹は、既にD級でも上澄みだ。将来のエリート候補と言える。


「殺ったよ、お兄ちゃん!」

「ああ、流石だ。ゴブリンの剣は俺にくれ」


 ゴブリンの持っていた剣は俺の獲物にした。以前持っていた者は琴美にあげてしまったからな。それにゴブリンの剣は政府が買い上げてくれる。討伐報酬は月締めの後払いなので、貴重な現金収入なのだ。


(剣て、お兄ちゃん使えるの?)

(一応、サイキックにもフィジカル強化の能力がある。身体強化魔法よりかは劣るが、俺も近接ができないわけじゃない)

(すごーい! サイキックって万能なんだね)

(そうでも無いわよ。アキラみたいに複数系統のサイキックを発現するのは極めて稀よ。普通は一系統しか使えないのが常識よ)


 黙っていたシルヴィが琴美に説明してくれた。サイキックにも魔法のように種類があるらしいが、今の俺は3系統を使いこなしているそうだ。シルヴィはテレパシーを中心とした感応系のサイキックしか使えない。


(じゃあ、お兄ちゃんってサイキックの天才なの)

(認めたくは無いけど、現状ではそう言えるわね。私の星では――)

(琴美、お喋りは後だ。団体のお出ましだ)


 俺の言葉で、琴美は敵の存在に気づき身構えた。

 今度は一気に4体のゴブリンが出現した。勿論、全員剣持ちだ。


 この奥多摩ダンジョンはそう深くは無いようだが、新宿の浅層に比べると、若干敵が手強い。だから余計に人気が無いのだ。


 通路は3人が横に並べばいっぱいの広さだ。相手は4体だが、正面戦闘として2体3と言える。


「ハッ!」


 俺が剣を構えると、琴美は何と大ジャンプをして一気に敵の後ろに回り込んだ。


 敵が驚いた隙に、俺はすぐ近くのゴブリンに斬りつける。頸動脈を捕えたが、琴美のようにはいかない。ブシューっと血しぶきが上がり、返り血を浴びる。


 一方、後ろを取った琴美は最後尾のゴブリンの首を刎ね、そのまま2体とも同じように片づける。


 後には3体の首なし死体と横たわり、同胞の血の海の中にもう一体が倒れ伏した。

 やれやれ、またジャージが血で汚れてしまった。琴美は巧みな体裁きで返り血をかわしているので汚れはない。


 やはりサイコガンが使えないのは大きい。カモフラージュの為にも銃の入手が最優先だな。


 そんなことを考えながら、俺はいつもの通りに剣を拾い集め、ゴブリンの死体に突き刺していった。


(……お、お兄ちゃん。何しているのそれ?)

(ん? ああ、ほら、戦利品の剣を全部持ち運ぶのは無理があるだろ? だからゴブリンの死体を針山の代わりにしているんだ)

(床に置くのはダメなの?)

(それだと万が一他の探索者が来たら取られるじゃないか。こうしておけば、気味悪がって持っていかないだろ)


 琴美は微妙な顔をしていたが、俺の説明を聞いて納得してくれた。


(ならしょうがないか。床に置いてたら誰かが踏んで怪我をするかもしれないし)

(琴美ちゃん……ホントにそれでいいの? アキラ、アンタそんなことばっかりするからサイコ戦士って呼ばれるのよ)

(何だよそのサイコ戦士って)

(フォロワーでアンタを随分気に入ってくれている人がそう呼んでるのよ。今日もライブで見ているわよ)


 スマホを取り出し、アカウントを確認すると、確かに閲覧数が1になっている。もの好きな人もいるな。


(私の方は10人くらいいるよ)

(琴美は可愛いからな。既にファンがいるんだろう)

(……とにかく、行動には慎重になって)


 俺はため息をついて、魔物狩りを再開した。


 その後は浅層をひたすらうろつき、ゴブリン狩りを継続して剣を30本も集めたが運搬方法が問題だ。

 サイコキネシスを使えば簡単に運べるが、なるべく映像に残したくなかった。映像加工を過信するのも禁物だ。


 仕方なく針山にしたゴブリンを引きずって入口まで戻った。一体では足りないのでもう一匹用意して、琴美と二人で運ぶ。

 入り口の自衛官も俺の行動には慣れたものだが、今回は少し青褪めている。


 そのまま、鍾乳洞内に設けられた買取所で剣を全て売り、3万円の収入となった。

 この日はここまでとし、俺と琴美は帰宅した。

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