翌日は土曜で、俺と琴美は朝からダンジョンへ向かう事にした。
母さんには二人で奥多摩へツーリングに行くと言っておいた。俺たちが仲直りして二人で遊びに行くことに母さんはひどく喜んだ。
……仲直りしたのは事実だが、向かうのはいわば戦場だ。俺はチクッとした胸の痛みを感じながら玄関を出ると、ガレージに置いてあるバイクを取りに行く。
「お兄ちゃん。それでどこのダンジョンへ向かうの」
「だから奥多摩だよ。あの辺のダンジョンは人気が無いから丁度いいんだ」
「えー! そんな
琴美に指摘され、俺は飯の事に気づいた。いつもは短時間で出てきてしまうが、琴美がいるなら長く潜れるな。
「ひとまずハンバーガーでも買っておくか、ついでにシルヴィの分もな」
「え! シルヴィちゃんって奥多摩にいるの!?」
「そうだぞ。奥多摩湖の近くに不時着したんだ。折角だから挨拶に行こう」
(アンタたち、いい心がけだけど、外で私の事を話すのはやめて)
おっとつい油断した。……どこで誰に聞かれているか分からないからな。
俺が付けている腕時計はシルヴィ作のスマートウオッチだ。彼女はそれを通じて俺たちにテレパシーを飛ばせるし、声も拾える。まあ監視されているわけだが。
ともかく、俺たちはバイクに
店に入ると男の客は一斉に俺たちを見た。正確には琴美だけだがな。
琴美は兄の俺が言うのもなんだが、美少女だ。スタイルも良く、このまま順調に行けばアイドル配信者として祭り上げられたかもしれない。
その上、今の琴美はシャツの上に、バイク用のプロテクターを付け、背中には剣を背負っている。珍妙な格好だが新人冒険者の定番だ。
俺は昨日のジャージをそのまま着ている。プロテクターは父さんのお下がりだが琴美に譲ってしまった。俺は当面ジャージで十分だ。
シルヴィがどの程度食べるのか分からないが、あの体型だ。ビックな奴のセットで充分だろ。
買い出しを終えると、バイクで青梅街道をひたすら進み、やがて奥多摩湖が見えてきた。俺はそのまま山の方へ向かう。
林道は静かで人の気配など全くない。途中で適当な所にバイクを止め、俺たちはけもの道へと入っていく。
「この辺なの?」
「ああ。そんなに遠くないから大丈夫だ」
道なき道を進むと、少し広い空間に出た。時計を見ると11時で少し早いが昼めしにはちょうどいい時間だ。
「ここだ」
「ここだって……無いもない原っぱじゃない」
「まあ見ていろ」
俺がそう言った瞬間、目の前の空間が歪んでいき、やがてアダムスキー型の典型的な空飛ぶ円盤が姿を現した。
「お、お兄ちゃん! これって!」
「ステルス迷彩という奴だ。勿論、地球の奴より何十倍も高度なものだ」
「良く分かっているわね、アキラ」
驚く琴美に説明していると、シルヴィの声が聞こえた。時計からではなく肉声だ。
気づけば、円盤の入り口が開き、タラップが下りている。シルヴィはそこにいた。
「久しぶりだなシルヴィ。実際に会うのは2度目か」
「そうね。妹さんは初対面ね。初めまして」
シルヴィは俺とは違い、琴美には妙に優しい。異星人とはいえ同じ女性同士だから親しみがあるのだろうか。
「は、初めまして、シルヴィさん。先日は失礼しました!」
琴美は大声で挨拶すると、謝罪を始めた。子ども扱いしたことについてだろう。
「気にしてないわ。さ、上がって」
「お、お邪魔します!」
緊張の為か琴美の声は上ずっていた。気持ちは分かる。何しろ宇宙人の円盤だからな。
ともかく、タラップを昇り、宇宙船の中に入る。
中はがらんとしていて、白色のテーブルと椅子があるだけだ。
ここは上部構造で、応接室に近く、シルヴィのプライベートスペースや作業場、操縦席などは下部スペースにある。……俺は前回そこに連れ込まれたのだ。
「それで、お昼を買ってきてくれたんだって? 気を使わなくてもいいのに」
「サイキックのおかげで俺も琴美も助けられた。このぐらいはさせてくれ」
俺たちはテーブルセットの一つに集まり、椅子に腰かけると買ってきたバーガーセットを机の上に広げた。
「さあ遠慮なく食ってくれ、学生だからこんな物しか用意できないが」
「これが地球人の飲食物なの?」
「そうです。世界的にポピュラーな食べ物です」
「ふうん。無駄の多そうな食物ね」
そう言ってシルヴィはバーガーを手に取り、包み紙を開いた。
「これはどうやって食べるの? 食器は?」
「そのまま手で食べるんだよ。こうやって」
俺はバーガーにガブリついてお手本を見せてやった。
シルヴィはそれを見て不機嫌そうに顔を歪める。
「全く、低文明人が好きそうな下品な食べ物ね。分析は済んだけど害は無いようね」
どうやら何かの方法で成分を分析したようだ。地球人の食い物が彼女にとっては毒になる可能性も有るからな。
シルヴィは無言でハンバーガーを少しかじると、もぐもぐしながら感想を言った。
「なんというか、奇妙な味ねえ……」
「美味しくないですか?」
琴美が残念そうな声で問いかけても、シルヴィは無言でどんどん食べ始めていた。
文句を言っている割には、妙に目を輝かせて食い続けている。
どう見ても小学生が喜んで食っているようにしか見えず、俺たちはその光景をほほえましく見守った。
彼女はすぐに食べ終わり、どんな感想を言うのか俺たちが注目していると、シルヴィは右手を見せてこう言い放った。
「見てよ! 手が汚れちゃったじゃない! これだから未開人の食べ物は!」
そう言いながら、彼女は指についたケチャップを、ちゅぱちゅぱとしゃぶり始めた。子供が良くやるやつだが、顔だけは大人びている彼女がやると、どうも卑猥な感じがする。
舐め終わったシルヴィに、琴美が紙ナプキンを渡すと、彼女は手を拭き始める。
「飲み物もあるぞ」
「ふうん。おいしくなさそうだけど、物は試しね」
「ポテトもどうぞ」
その後、シルヴィがコーラの炭酸にむせたり、ポテトを油と糖質の塊だと非難しつつも結局一人でほとんど食ってしまう。
全く、プライドが高い割には自分に正直な子だ。
「それで、アナタたち、この後はどうするの?」
「いつものように奥多摩ダンジョンに向かうさ。今は地道に戦い続けて経験を積みながら金を稼ぐ。琴美は上位適合者だからレベルも上げやすい」
「まずは強くならないとどうにもならないからね」
「ま、それしかないか。アキラの強さは既にB級の地竜を倒せるレベルだけど、その程度の探索者は珍しいわけじゃないわ。今は精進しなさい」
今後の方針を話し合いながら、三人での楽しい昼食はあっという間に終わった。