「――以上の経緯により、先月同様、新規にB級へ昇進した探索者は0となります。一方でE級からD級への昇進者数の伸び率は改善の兆しが見られ――」
「調査室長、もう結構。要するに大して変わらんという事だろう」
「は、はあ、
調査室長のぴっちりと整えられた髪を見ながら、儂は思わずため息をついた。
長官に就任して2年が経つが、全く成果が出ていない。
現状維持の状態が続き、スタンピード発生を抑制するのが精いっぱいだ。
もっとも、世界的には結果を出している方だ。
迷宮の発見、そして攻略が上手く行かず、甚大な被害を出している国は多い。アメリカや中国のような大国でさえだ。
わが国ではいまだ探索者は志願制だが、少しでも適合資格があれば、強制徴兵している国も少なくない。
そうならない為にも上級探索者の育成は必須なのだが……。
「室長、何度も言うが、悠長に育成している暇はないのだよ。そう簡単ではないが、どうにかして原石を見つけ、優秀な人材にリソースを集中する必要がある」
「はい、左様でございます。対策として総務省と連携し、探索者新規登録キャンペーンを――」
「ふざけるな!」
室長の甘い見通しに、儂は思わず大声を上げた。
「何がキャンペーンだ! そんな事で優秀な探索者が見つかると思っているのか! いいかね。世間では実力がありながらD級に甘んじている者。配信業に専念し、リスクを取らない者様々だ。そういった連中を見つけ、強制的にでも深層に送り込み、実戦経験を積ませるのだ! 死闘無くして成長なし! 探索者の常識だろうが!」
「し、しかしそのようなやり方は人道上問題が」
「では諸外国のように、強制徴兵を義務付けるかね? どっちが人道的だろうな」
儂の言葉に室長は、ぐっと言葉を飲み込む。
いかんな、思わず熱くなってしまった。
「室長、いいかね。今は国家存亡の時なのだよ。機能不全に陥った中小国も少なくない。大国とて明日は我が身だ。……だがな、これはチャンスでもあるのだ」
「……チャ、チャンスですか?」
「そうだ。わが国は大国に挟まれ、難しいかじ取りを迫られていたが、状況は一変した。これからはどれだけ多くのS級、A級探索者を維持するのかが大国の条件となる。……我が国は比較的うまくやっている方だ。だが、まだまだ足りん! 特にS級探索者の不在は問題だ!」
またしても言葉が荒くなってしまったが、室長も今度は言い返してくる。
「お言葉ですが、わが国には世界でも数少ないS級が1名在籍しております!」
「……あれはダメだ。”人斬り”は制御不能だ。儂が欲しいのは国家に従順なS級だ」
「と言いますと、アメリカのマービン大佐、通称”ビックレッドワン”のような」
「理想はな。だがそこまでは求めん。せめて交渉が通じるレベルなら問題ない」
S級などという連中は、もはや人ではない。迷宮に憑りつかれたように潜り、魔物を殺すことしか頭にない連中だ。深層に潜り、より強い魔物と戦う事が成長……要するにレベルアップへの近道だが、深淵には人を狂わす何かがあるのだろうか?
「……とにかく、実力を隠している探索者のピックアップに注力してくれたまえ」
話を締めくくり、調査室長は部屋を出ていった。
さて、次の予定まで少し時間があるな。
室長にああ言った手前、儂も少しでもまだ見ぬ実力者の探索に貢献せんと。
儂はPCを操作し、スコッパー急報、通称スコ急のサイトを開いた。
このサイトは数多くいる探索者の中でも埋もれた原石を探す連中が集まる場所だ。
トップページからランキングを眺めると、注意の引くタイトルが目につき、思わずクリックしていた。
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【グロ注意】囮にされた新人探索者さん。ドラゴンの腹から無事生還。
1.名無しのスコッパー
タイトルに偽りなし。
2.名無しのスコッパー
オロロロロロロ
3.名無しのスコッパー
MG5案件です。ご注意ください。
4.名無しのスコッパー
新宿の浅層にドラゴンなんて出るの?
5.名無しのスコッパー
イレギュラー個体。
6.名無しのスコッパー
地竜ならましな方だよな。黒竜でも出たら浅層にいた奴ら全員死亡だぜ。
7.名無しのスコッパー
黒竜ってそんな強いん?
8.名無しのスコッパー
文句なしのA級です。地上に出たら都市が壊滅するレベル。
9.名無しのスコッパー
こわ。
10.名無しのスコッパー
自衛隊で対処するなら高射特科連隊が必須だね。あと地対艦ミサイル連隊も。
11.名無しのスコッパー
スレ違い。ミリタリー版でやれ。
12.名無しのスコッパー
じゃあ地竜は?
13.名無しのスコッパー
B級。それでもC級がパーティー組んでやっと倒せるレベル。
14.名無しのスコッパー
え、じゃああのE級すげーじゃん!
15.名無しのスコッパー
あんなのほぼ奇跡だろ。誰がマネできるんだよ。
16.名無しのスコッパー
きっと
17.名無しのスコッパー
ゲーム脳乙。
18.名無しのスコッパー
でもなあ、あの新人、異様に落ち着いてたし変だよなあ。
19.名無しのスコッパー
偶然回避したってより見切ってた感がある。
20.名無しのスコッパー
ユニークスキル持ちなんじゃねえの。
21.名無しのスコッパー
ユニークスキルなんて都市伝説だろ。
22.名無しのスコッパー
やろう小説の読みすぎ。
23.名無しのスコッパー
じゃあ、S級の使っているのは?
24.名無しのスコッパー
あれは、特異魔法。魔法を極めた連中が通常魔法を進化させたもの。
25.名無しのスコッパー
まあユニークスキルみたいなもんだよな。
26.名無しのスコッパー
誤解が多いけど使えるのはS級だけ。世界に十人もいないよ。
27.名無しのスコッパー
ところであの見捨てた連中は逮捕されんの?
28.名無しのスコッパー
せいぜい注意程度だろ。イレギュラー個体発生なら。
29.名無しのスコッパー
無理やり魔物を押し付けたわけじゃないからな。
30.スコッパー苺
D級探索者栗田は若手の有望株だったけど、今回の件で名を落としたね。
31.名無しのスコッパー
詳しいね。
32.名無しのスコッパー
ガチ勢来たw
33.名無しのスコッパー
探索者は横の連携が強いから、あのパーティー暫く白い目で見られるな。
34.名無しのスコッパー
あんなにあっさり見捨てたらな。
35.名無しのスコッパー
でもやっぱりあの新人変だよ。俺なら泣き叫ぶぜ。
36.名無しのスコッパー
サイコパスなんじゃね?
37.スコッパー苺
いい着眼。私は以前からあの新人、サイコ戦士アキラに注目している。
38.名無しのスコッパー
サイコ戦士ってなんだよw
39.名無しのスコッパー
ネーミングセンスw
40.スコッパー苺
彼のアーカイブを見ろ。納得するだろう。
41.名無しのスコッパー
へーなんか面白そう。
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223.名無しのスコッパー
見て来たけどアイツ何なの?
224.名無しのスコッパー
あたおか案件乙。
225.名無しのスコッパー
猟奇殺人者予備軍だろこんな奴。
226.名無しのスコッパー
ひょっとして、ドラゴンに食べられたのも狙って?
227.スコッパー苺
私はそう睨んでいる。前から書き込んでいるが、このサイコ戦士アキラは必ず上位層に上がってくる! 私の見立てに狂いはない!
228.名無しのスコッパー
熱すぎワロタw
229.名無しのスコッパー
でもやっぱりなんか映像が変なんだよなあ。辻褄が合わないというか。
230.告発者
政府は国民を騙している! 配信映像は全て捏造! スタンピード発生も政府による人口削減策だ!
231.名無しのスコッパー
陰謀論乙。
232.名無しのスコッパー
別な意味のサイコが来たw
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「サイコ戦士アキラ……?」
その突飛なネーミングに惹かれ、彼のアーカイブを見ようとした瞬間、血相を変えた秘書がノックもせずに部屋に入ってきた。
「長官、緊急事態です! 東アフリカで大規模スタンピード発生! 首相が支援策の協議を至急行いたいとの事です!」
「何だと!? 分かったすぐ行く!」
突然の緊急事態に儂は慌てて部屋を飛び出した。
会議は夜遅くまで続き、サイコ戦士アキラのことなどすっかり忘れてしまった。