目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 夢の続き

「琴美、よく聞け。この人はシルヴィさんだ。その正体は恒星ベガからの来訪者、人類が追い求めた地球外生命体、要するに宇宙人だ!」


 立ち直った琴美にシルヴィを紹介したが、段々とボルテージが上がってくる。

 それというのも、死んだ父さんの夢は異星人を発見することだった。


(アキラ、この広い大宇宙の中で、我々は決して孤独な存在では無いんだ。必ず異星人は存在する!)


 それが父さんの口癖だった。


 だが、ダンジョン対策によって宇宙開発予算は縮小され、父さんは職を失い、そして失意の中、スタンピードに巻き込まれて死んだ。


 正直に言えば忸怩じくじたる思いがあった。だけど、無能力者の俺にとっては魔物に対して何もできず、いつか父の夢だった宇宙開発が再開されるのを願う事しかできなかった。


 なのに、よりによって俺がファーストコンタクトを実現してしまうとは。


 皮肉なことこの上ない。あれだけ父さんが心血を注いだ夢を、俺はあっさり叶えてしまったんだ!


 父さん! あなたは正しかった! それなのになぜ死んだ!


『……盛り上がっている所悪いけど、妹さんをフォローしてやって』


 おっとしまった。つい心の中で思い出に浸っていた。

 琴美を見ると、なぜか胡散臭い目で俺を見ている。


「お兄ちゃん。馬鹿なこと言わないでよ。宇宙人なんかいるわけないじゃん。アニメの見過ぎよ」

『アンタらに言われる筋合いは――』


 その返しに即座にシルヴィが突っ込むが、俺はそれを制して琴美を諭した。


「琴美。お前の言う事はもっともだ。だがな、ダンジョンができるまでは魔法も同じように空想上の存在だったんだ。それと同じことが今起きているんだ。考えても見ろ。今の技術でこんな事できるか?」


 ポカンと口を開けて俺の話を聞いていた琴美は、段々と事の重大さを認識したようで、どんどん顔が青褪めていく。


「じゃ、じゃあ、ホントに異星人ってやつなの?」

『失礼な言い方ね。私からすればアンタらが異星人よ』


 琴美はぶるぶると体を震わせながら、何度もシルヴィの立体映像に手を入れたり引っ込めたりしている。


 やがて冗談などではないと確信したのか、突然土下座を始めた。


「ごめんなさい! シルヴィさん! 私ったらなんて失礼なことを!」

『分かればいいわ、とにかく――』

「お詫びに腹を切ります!」

『――へ?』


 琴美はシルヴィを侮辱してしまったと深く後悔しているようで、切腹すると言い出した。……という事はさっきのも半ば本気だったのだろうか?


 以前から武士に憧れを持っていたがまさかここまでとは。


 琴美はタンクトップをまくり上げ、そのたわわな胸の下乳したちちが見えてしまう。

 俺は思わず顔を伏せた。


『ちょっと! そんな事しなくていいってば!』

「でも、それじゃあ私の気持ちが」

『ならせめてもっと軽い謝罪にしてよ!』

「それなら指を切りますね。小指でいいですか?」

『何なのよアンタたちの国は!? 謝る度にそんな事するの!?』


 シルヴィは琴美の言動にドン引きしっぱなしだが、俺は間違いを正した。


「琴美。指を詰めるのは武士の作法じゃない。それはヤクザのしきたりだ」

「やだ! 私ったら恥ずかしい! もう生きては――」

「シルヴィは最初の土下座でお前の事を許している。彼女はそんな狭量きょうりょうな人じゃない。何も恥ずかしいことはない」

『……そうよ、琴美ちゃん。全然怒ってないし、間違いは誰にでもあるわ』


 げんなりした様子のシルヴィがそう琴美を慰めると、ようやく場は収まった。


 さて、いい加減本題に入るとするか。


「琴美。今日俺が使ったあの力、あれは魔法ではなくサイキック。シルヴィによって授けられた超能力なんだ」

「ちょ、超能力って要するにスプーンを曲げたりああいうの?」

「それのもっと実用的なものさ。例えば……」


 俺は左手を掲げ、精神を集中した。

 そして不可視の力によって、ベッドの下に隠しておいた剣が、ひとりでに動き出し、俺の手元に収まる。


 一旦剣を床に置き、琴美の様子を伺う。

 相変わらず口を開けて驚いている。全く子供の頃からこの癖は直っていないな。


 俺は手を琴美に向け、口を閉じてやった。


「きゃ、何よこれ!」

「これがサイキック能力の一つ、念動力――サイコキネシスだ。物体を自由に動かすことが出来る。無論人間もな」

「すごい……え! ちょっと待って、ダンジョンの外なのに魔法が使えるの!?」

『だから魔法じゃなくてサイキックだってば!』


 琴美が驚くのも無理はない。探索者が超人的な力を発揮できるといっても、それは迷宮の中だけの事だ。魔素に満ちた迷宮の中でしか魔法は使えない。身体強化魔法も攻撃魔法も全てだ。


 探索者、迷宮出たら、ただの人。


 一部の上澄みを除けば、基本的には一般市民と大差ない。


「琴美。サイキックの原動力はフォースと呼ばれる人間が内に秘めた精神エネルギーなんだ。だから基本どこでも使える。迷宮の魔物たちと同様にな」

「そんな事って……」


 あまりの事実に琴美は震えていた。そう、俺は地上で唯一、人外の力を振るう超人といえる。この事実が世間にバレればどうなるか分かったもんじゃない。

 琴美も賢い子だ。それを理解しているからはしゃいだりはしない。


「分かるな琴美、俺が力を隠す理由が?」

「もしばれたらサイキックの秘密を解明しようとモルモットにされるかもしれないわ……。そんなのひどいよ!」


 興奮した琴美はキッとした視線をシルヴィに向け、さっきと打って変わってきつい調子で問いかける。


「シルヴィちゃん……。貴方の目的は何? 何を企んでるの? 返答次第ではいくら子供でも――」

『誰が子供よ! 私はとっくに成人してるわよ! バストだってあるでしょ!』


 そう怒りながらシルヴィは自分の胸を指さす。

 スーツの胸部は僅かに膨らんでいた。基準が分からないが、あれで大人の体型という事だろう。小児性愛者ロリコンにとって彼女の母星は楽園かもしれない。


 とにかくこのままでは話が進まない。ここは俺の口から説明しよう。


「琴美、シルヴィはな、乗っていた宇宙船が故障して地球に不時着したんだ。そこに偶然俺が居合わせたんだ」

「そういえば、天体観測に行って遅くなった日が――」

「そう、その日だ。それでな、シルヴィは俺の中に眠るサイキックの才能を見抜いて、潜在能力を引き出してくれたんだ」


 俺の説明に納得はしているようだが、相変わらず琴美はシルヴィに疑念の目を向けている。何か裏があると考えているのだろう。


 シルヴィへの疑念を逸らすため、俺はあえて琴美を煽った。


「琴美。お前の夢はなんだ?」

「何よ急に、そんなの決まってるじゃない! ……ダンジョンを全部攻略して、魔物を皆殺しにすることよ! お父さんの仇討ちよ!」


 父さんが死んでから、琴美は復讐に憑りつかれていた。俺はそれを止めたかったが彼女に探索者の才があった以上どうにもならなかった。


「琴美、その夢俺にも背負わせてくれ」

「え! どうして! あんなに復讐なんて意味無いって言ってたじゃない!」

「今でもそう思ってるよ。でもな、ダンジョンがある限り俺たちのような思いをする人は増え続ける。だからダンジョンは世の中から無くすべきなんだ。それは父さんの意思を継ぐことでもあるんだ」

「お父さんの意思……」


 興奮していた琴美は、俺の言葉に耳を傾けると落ち着き始めた。


「そうだ。父さんの夢は宇宙人の発見だ。その夢を俺は叶えてしまった。だけど、夢には続きがある。地球人と異星人の交流だ」

「夢の続き……」

「その為にはダンジョンを潰し、魔物を滅ぼす必要がある。今の世界じゃ宇宙開発なんて無理だ。そんな余裕はどこの国にもない」


 琴美は神妙な顔をして、俺の言葉に聞き入っている。そしてハッとした顔をして叫んだ。


「もしかしてシルヴィちゃんがお兄ちゃんにサイキックを授けたのは――」

「そうだ。彼女の宇宙船を今の地球で直すことは難しい。だから彼女もダンジョンが無くならないと母星に帰れないんだ」

『そう言う事。現状の技術力じゃ修理は不可能よ。コールドスリープで暫く時を待つ方法もあるけど、下手をしたら人類が魔物に滅ぼされる恐れもあるわ』


 彼女も道楽で俺に付き合っている訳では無い。

 俺たちは既に一蓮托生いちれんたくしょうの仲だ。


「琴美。今でも俺は復讐には反対だが、魔物を滅ぼすことには賛成だ。一緒に戦ってくれるな?」

「勿論よ! お兄ちゃん大好き!」


 琴美はそう叫ぶと俺の胸に飛び込んできた。


 ……本当はこの子を戦いの場に置きたくないが、栗田の様な連中の側にいるよりかは俺の目の届くところにいた方が守ってやれる。


 シルヴィの冷めた視線を浴びながら、俺たちはしばらく抱き合った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?