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第3話 メスガキ異星人

「……それで、運よく丸のみにされ、胃の中で暴れまわったら何とか出てこれたと」

「ええ、そうなんです。妹が必死に腹を切ってくれましたから助かりました」

「……嘘みたいな話ですね。それに貴方の所持していた銃も行方不明だと」


 あの後、駆けつけたC級探索者の一団に保護された俺たちは、迷宮庁の職員に事情聴取を受けていた。特殊な事案だし、栗田たちは俺を見殺し……いや半ば無理やり囮にして逃げ去っていた。探索者の行動は全て自己責任だが、魔物を利用した殺人幇助は当然罪に問われる。そのための聞き取りだ。


「どうも君の話には信ぴょう性が薄いな。映像は確認したが不可解な――」

「私が悪いんです!!」


 職員もアホではないので、俺の行動を疑っていた。内心冷や冷やしていたが、隣の琴美が突然叫び始める。


「私が先輩の口車に乗ってお兄ちゃんをダンジョンになんて連れて来たからこうなったんです!」


 琴美は机に突っ伏すと、ポニーテールを振り乱し、オイオイ泣きじゃくり始めた。突然の出来事に流石の職員も慌て始めた。


「お、お嬢さん。私は何もお兄さんを責めている訳では無くて、事実を――」

「私、自分が恥ずかしい! もう生きてはいられないわ!」


 琴美は装備していた胸当てを脱ぎ、そのまま勢いよくシャツをめくって腹部を露わにした。


 ブラも丸見えで、そのあられもない姿に思わず皆顔を伏せたが、琴美は床に胡坐あぐらをかくと、刀を抜く。


 皆息を飲んだが、琴美は打刀の中頃を両手で掴み、切っ先を自分に向けた。


「切腹して責任を取るわ! 介錯してお兄ちゃん!」

「オ、オイ琴美、何もそこまでしなくても――」

「ば、馬鹿なことはやめなさい! わかったわかった! 君たちには何の罪もないからもう帰りなさい!」


 その場の全員で、慌てて琴美を取り押さえ、職員は騒ぎを抑えるため俺たちを解放してくれた。一時はどうなる事かと思ったが、琴美の凶行に助けられた。


 部屋を出るとすぐに、見知った人物が立ちはだかった。


 短髪のさわやかなそうな男だが、どこか軽薄さがある。

 俺のクラスメイトで、琴美の所属する探索者パーティのリーダー栗田だ。


 奴は俺を無視して琴美に話しかけた。


「琴美ちゃん……君は僕の事を誤解している。非情な選択だったが君の為を思――」


 べらべら喋り始めた栗田の横っ面を、琴美が思いっきり引っぱたいた。

 スパーンっと小気味のいい音が響き、栗田は頬を抑えて呆然としている。


 琴美は装備していたケブラー製の胸当てを脱ぎ、刀と一緒に栗田に突き返す。


「……お世話になりました。本日限りでパーティを抜けます。頂いたお下がりの装備品は返却します」


 栗田は呆けたままで、その場から一歩も動けない。


「行こ。お兄ちゃん」

「お、おう」


 あれだけ慕っていた栗田をあっさり袖にするとは。我が妹ながら思い切りが良い。


 ベストから解放された琴美は、襟付きのシャツにジーンズ姿。さっきシャツを勢いよくまくったせいでボタンが飛んでしまっている。


 琴美は黒髪の清楚なスタイルの女の子と言える。そんな彼女がへそを出して歩くなど、兄としては居たたまれない。俺は黙ってジャージの上を脱いだ。


「そんな格好じゃ外に出られないだろ、これを着ろ」

「ありがとう。――お兄ちゃん、このジャージ濡れてるよ?」

「そりゃドラゴンの胃袋にいたからな。胃液と血で濡れてるだろ。元は赤いジャージだから目立たないけど」


 それを聞いた琴美はニッコリ笑うと、黙って半袖姿の俺にジャージを掛けてくれた。自分のシャツは裾を結んで固定していた。


「お兄ちゃん、帰ったらお風呂に入って。……そのあとじっくりと話を聞かせてね」

「……うん。そうだな。お前には話さないといけないな」


 薄々気づいていたが、琴美は俺の力を知ってしまったようだ。さっきの切腹騒動も聴取をうやむやにする為の芝居か。察しの良い妹で助かる。


 俺たちは新宿を後にし、自宅のある八王子へと戻った。

 なお、電車ではみんな俺から距離を取ってきました。琴美によると、今の俺はとても臭うらしい。


 ●


 家に着いた俺は速攻で風呂に入った。例のジャージも風呂場で洗剤をぶっかけ足踏みして洗う。琴美は捨てろと言ってきたが、この間もジャージを処分したばかりだ。このままでは運動着が無くなってしまう。


 風呂から出て、ジャージを干している間に琴美もシャワーを浴び始めていた。アイツも思いっきり血を浴びていたからな。赤シャツに見えたがあれも元は白シャツだろう。俺だけでなく琴美も血臭がすごかったと思う。


 もっとも、今の東京では珍しい事ではない。返り血を浴びた探索者が電車に乗ることなど日常茶飯事だ。


 そんなことを考えながら部屋に戻り、タオルで頭を拭く俺の脳内に声が響く。


(ハプニングはあったけど何とかなったわね。事情聴取も私の出る幕はなかったわ)


 シルヴィが語り掛けてきた。まだ防音フィールドを展開していないのか部屋の中でもテレパシーだ。


 その時俺は嫌な考えが頭に浮かんだ。もしかして琴美は――


(言っとくけど妹さんの精神操作なんてしてないわよ。……あの行動は素よ)


 疑念を口にする前に、シルヴィが機先を制した。……そうか、てっきりシルヴィに操られてあんなことをしたのかと思ったが。


(アンタもおかしいけど、妹もたいがいよ。何で割腹することが謝罪になるのよ)

(それはわが国の伝統文化で――) 

(どんな伝統よ! 全くこれだから低文明の野蛮人は――) 


 ブツブツと文句を言う彼女を無視して、琴美に何と説明したものかと悩んでいるとコンコンとノックの音が響く。


「お兄ちゃん、入るよ」

「ああ、大丈夫だ」


 シャワーとはいえ随分早かったな。話が気になって大慌てで浴びたのだろうか。

 部屋に入ってきた琴美は、タオルを頭に巻きつけ、タンクトップにショートパンツ姿だ。


 いくら兄妹とはいえもう少し服装に気を使ってほしい。琴美は16の割には大人びた体をしている。ハッキリ言ってけしからん体系で、兄としては心配で仕方ない。


 琴美が探索者になるのを反対した理由でもある。美少女が男に混じって迷宮に潜るなど、魔物以前に男の毒牙の餌食になりかねない。


 そういう訳で、すっかり俺たちは疎遠となっており、考えてみれば久しぶりにまともな会話をしていた。


「……それでお兄ちゃん。全部話して。実は適合者の資格があったていうのも噓なんでしょ?」

「……済まない」


 琴美に問い詰められ、俺は二の句を告げることが出来なかった。

 今まで偉そうなことを言っていながら、俺自身が一番危険な橋を渡っている。


 重い沈黙が部屋を包んだ。琴美はじっと俺を見つめている。


『全く情けないわね。堂々としなさいよ。アンタってメンタルが強靭なのかザコなのか、イマイチ分からないわ』

「だ、誰!」


 シルヴィの声が響き、琴美は驚いて周囲を見渡す。

 彼女の言う通りだが、正直助かった。俺は無言で時計を外し、床に置く。


 すると、時計からホログラフ映像が出現し、琴美は息を飲んだ。


 現れたのは、輝くような銀髪と、地球上には存在しない、ブルーグレーの肌を持つ女性だ。耳はエルフのように長く、目はパッチリとして大きいが、その瞳はまるで猫のようで独特の雰囲気がある。


 そして宇宙服のような、ぴっちりとしたピンク色のスーツを身に着けている。


 そう、彼女は異星人だ。俺にサイキック能力を授けた天空からの使者。


『ふふ、妹さん、固まったままね。この私の偉大さが理解できて――』 

「か、可愛いー!」


 シルヴィの言葉を遮り、琴美は抱き着こうとしたのか思いっきり飛び込んだが、当然ながら実体がある訳ではない。

 映像をすり抜け、壁に盛大に頭をぶつけて悶絶している。


 琴美が飛び込んだのは理由がある。


 シルヴィは背丈が小学生ほどしかない。大人の体型をしていれば、妖艶な美女にも見えるのだろうが、今はちんまくて可愛い子だ。常々妹を欲しがっていた琴美が興奮するのも無理はない。


『……』

「シルヴィ、これだけは言わせてくれ」

『……何よ急に?』


 琴美の醜態に固まっている彼女に俺は言った。


「自慢の妹だ」

『そう……良かったわね』


 部屋の隅で頭を抱える琴美を見ながら、俺たちは無言で彼女の回復を待った。



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