翌日は月曜で、俺たちは学生の務めとして勉学に励むことになる。
琴美は昨日帰ってからも落ち込みっぱなしで、通学中の電車の中でもそれは一緒だった。
兄としては見過ごせず、俺は何とか励ます。
「琴美。いつまでも下を向くな。間違いは誰にでもあるってシルヴィも言ってただろ? これから挽回すればいいんだ」
「……でも、私黒田先輩は不良だと思って軽蔑していたの。それが恥ずかしくて……」
なるほどな。てっきりケイ子さんに叱られたのが原因だと思ったが、黒田さんへの罪悪感だったのか。
「それなら彼女にキチンと謝ればいいさ。……普通に頭を下げてな。間違っても土下座や切腹なんかするなよ」
「当たり前よ。でも、それだけじゃないの。黒田先輩、きっと映像が拡散されたらどうしようって悩んでいるわ。私はそれが気がかりで」
「何言ってるんだ。シルヴィが映像を全部破棄してくれたんだ。そんな心配――」
「お兄ちゃんこそ何言っているの! それを知っているのは私たちだけでしょ!」
琴美の言葉に俺はガンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
確かに、黒田さんはシルヴィが工作してくれた事を知りようがない。
今後彼女は、ありもしない映像に怯えながら生きていかなくてはならないのか。
(シルヴィ、テレパシーや精神操作で何とかならないのか?)
(アンタねえ。私は魔法使いじゃないのよ? 多少、感情や思考を操ったりすることは出来るけど、記憶の消去までは出来ないわ)
(そうなると、彼女に事実をありのまま伝えるしかないのか……)
(馬鹿な事考えるんじゃないわよ。秘密を知る者は少ない方が良いわ。それに彼女は探索者とはいえ一般市民同然よ。そんな子を私たちの関係に巻き込んでいいの?)
俺はシルヴィに
『――まもなく中野、中野。お出口は左側です』
兄妹揃ってしょげかえり、やがて最寄り駅につく。
開いた電車のドアから足を踏み出すのが酷く憂鬱だった。
●
琴美と別れ、教室に着く。
「ねえ聞いた。栗田君なんかヤバいらしいよ」
「なんでも仲間を置き去りにして逃げたとか」
「えー。ダサくね? アイツいつも偉そうにしてたのに」
「それで今日休んでんのかな? いつもならとっくに来てるのに」
栗田の話題が大半だったが、川口の名前が聞こえ、俺は内心ひやひやしていた。
「川口逮捕されたってよ」
「何で? 万引きとか?」
「そんなんじゃねえよ。何でもギャルを脅して無理やりエロ配信させようとしたんだって。それでアイツB級探索者に4分の3殺しにされてさ」
「それを言うなら半殺しだろ! 4分の3ってほとんど死んでんじゃねえか!」
「わかる。俺も動画見たからな。あれはもう死んだも同然だよ」
川口の件は、ゆり子さんの拷問のインパクトが大きかったようで、俺の事は話題になっていなかった。普段からクラスでは影が薄い存在だからだろう。
しかしあの二人、B級探索者だったのか。クラスの連中が知っているくらいだから有名なのかもな。
結局、栗田はこの日休みで、話題はそちらに移っていった。
●
「えーと、黒田さんは何組なんだろうな?」
「E組よ。昨日制服にクラスバッジついてたでしょ」
昼休みになり、琴美の謝罪に俺も付き合う事にした。何よりも黒田さんが心配でならなかった。
彼女のクラスに着き、そっと教室を覗こうとすると、タイミング悪く出てきた誰かにぶつかってしまった。
「うわ!」
「きゃ!」
ふにょっとした感触が俺の手に伝わった。マズいことに相手の胸に手が当たってしまった。
「ご、ごめんな――」
「お、大友君……」
謝ろうとすると、ぶつかった相手が黒田さんだと分かり、絶句してしまう。
(アンタ、昨日からわざとじゃないでしょうね? エロガキね)
「わ、わざとな訳ないだろ!」
「……え?」
しまった! うっかりシルヴィの突っ込みに肉声で反応してしまった。
黒田さんは困惑しながら俺を上目遣いで見ている。
「く、黒田さん、違うんだ――」
「先輩! 私、先輩に謝りたくて。ここでは人目も多いので屋上に行きませんか?」
「あ、大友君の妹さん? ……分かったわ。行きましょう」
狼狽える俺を差し置いて、琴美は淡々と自分の用を伝えた。
妹の機転に助けられたが兄としては情けない。
(アンタってホント馬鹿なのか利口なのかわからないわ)
(……突然テレパシーを飛ばすのはやめてくれよ)
心の中で不平を呟きながら、二人の後を黙ってついていく。
屋上に着くと、幸い人はいなかった。
入り口のドアを閉めた瞬間、琴美は深々と頭を下げ、謝罪を始める。
「先輩! 私、あなたのこと誤解してました! てっきり不良だと思ってたけど、まさか脅されてたなんて! 直ぐに助けに入ればあんなことには!」
「……気にしないで。私もこういう格好した子に良いイメージはなかったから、気持ちは分かるわ」
意外なことに黒田さんはギャルの服装を続けていた。恐らく川口の指示だったのだろうが、元に戻したりはしないのだろうか? まあ、昨日の今日で髪を染め直したり肌が元通りになるのも時間がかかるか。
「俺からも謝らせてくれ。どういった事情か分からくて躊躇してしまったんだ。今思えば恥ずかしい」
「大友君も気にしなくていいよ。結局大事にはならなかったから……」
「そうは言っても格好だって簡単には元に――」
「私も初めは嫌だったけど、今はなんだか気に入っているの。これまでの自分から決別できたようで。……大友君も可愛いって言ってくれたし」
何気なく褒めてしまったが、どうやらそのおかげで彼女は少し気が楽になったようだ。お世辞で言ったわけじゃないので良かった。
「……でもやっぱり不安は残るわ。警察の人も、映像が完全に消去されたわけじゃないから、もし脅しに使われるような事があればすぐ言ってくれって……」
俺と琴美の懸念は的中してしまった。下着姿とはいえ、あんな映像が出回るのは女子として恐ろしくて仕方ないだろう。
彼女にその心配はないと伝える方法は無いかと、脳みそをフル回転させていると、黒田さんが放った次の言葉に、俺は心臓が止まりそうになる。
「大友君……変な事聞くけど、どうして私が脅されてるってわかったの?」
しまった! 俺も琴美もうっかり口を滑らせていた。
「い、いや、何となく雰囲気で――」
「それに大友君。突然私たちの前に出てきたように見えたわ。超スピードっていうよりワープしたみたいな感じで。後で見た映像では普通に走ってたけど、何かおかしいわ」
彼女の鋭い指摘に、俺は反論できない。
あの時は頭に血が上って、咄嗟にスキップで移動してしまったのだ。
川口は気づいていなかったから油断していた。
琴美も事態を察していたが、俺をじっと見ていた。
黒田さんも真っ直ぐに見つめてくる。
俺は選択を迫られていた。