吹きすさぶ風の音だけが屋上に響き、二人とも固唾を飲んで俺を見守っている。
……俺も朴念仁ではない。黒田さんが俺に好意を寄せてくれるのは何となく気づいている。
適当に誤魔化し、それを押し通せば彼女は無理に追及をしてこないだろう。
だが、それで本当にいいのだろうか?
理屈では、彼女を守るためにも嘘をつきとおした方がいいのだろうが、何か、何か大きな過ちを犯しているような気がしてならない。
(何も悪いことしてないんだから、堂々としてなさい!)
シルヴィの声が聞こえてきた。
テレパシーではない。追い詰められた、あの時にかけられた言葉を思い出していたのだ。
……俺の腹は決まった。
「黒田さん……実は俺、宇宙人に出会って、超能力を授けられたんだ……」
「……」
「元々俺は無能力者で魔法は使えない。……でもサイキックを使うことはできる。川口を殴り飛ばしたのも、突然出現したのもこの力のおかげだ」
「……」
「それで、その宇宙人が助けてくれたから、もう配信の映像を全部消去されている。スマホやPCに録画されたものも全てだ」
「……」
「……信じてもらえるかな?」
俺は正直に全てを打ち明けることにした。
黒田さんは黙って俺の話を最後まで聞いてくれた。
冷静になれば、こんな話信じる奴はいない。きっと彼女は馬鹿にされたと思って、俺から離れていくはずだ。彼女は口の軽い人間ではない。ペラペラしゃべったりはしないだろう。仮に喋ったとしても、俺が残念な奴だと広まるだけだ。
彼女に嘘をつかず、なるべく不安を取り除いてあげる。
そして彼女を危険に巻き込むこともない。
……いいんだ、これで。
俺の計算は完璧だった――はずなのだが、黒田さんの次の言葉に俺は耳を疑った。
「……信じるわ、その話」
「え!?」
「昨日、帰ってから色々考えたわ。これから私、どうして行こうかって?」
「う、うん」
「でね。私思ったの。栗田に騙されて探索者になったも同然だけど、彼、一つだけ正しいことを言ったわ」
「……」
「落ちこぼれでも頑張れば強くなれるって。……昨日助けてくれた二人組のお姉さんたち、決して高適合者のエリートでは無かったそうよ。でも、魔物を倒し続けてB級にまで上り詰めた努力の人だって」
先程とは立場が逆転し、俺は黙って彼女の話を聞き続ける。
黒田さんは少し声を震わせながらも、しっかりとした口調で説明を続けた。
「低い適合率とはいえ、私に探索者の素質があるのは事実だわ。それで大友君がどんな探索をしているのかアーカイブを見てみたの。それで、例のイレギュラー個体の映像を見たんだけど、どう考えてもあの動きはおかしかったわ」
しまった。それで彼女は俺の異変に気付いてしまったのか。川口の件だけなら誤魔化せたかもしれないが、偶然は2度続かない。
「だから、ひょっとしてユニークスキルを持ってるんじゃないかって思ったけど、まさか宇宙人だとは思わなかったわ。でも、モンスターがいる世界だもん。エイリアンがいてもおかしくないよね」
(……何が完璧な計算よ。どうすんのよこの事態)
業を煮やしたのか、シルヴィがテレパシーでツッコんでくる。
予想外の事態に俺は天を仰いだ。
「……ねえお兄ちゃん。こうなったら黒田先輩とパーティーを組んで一緒に探索をしましょうよ」
「な、何を言いだすんだ。彼女を危険にさらすわけには……」
「何よ。妹の私は良くて、黒田さんはダメなの?」
「そ、それは」
様子を伺っていた琴美が、とんでもないことを言い始めた。反論したが、逆にやり返されてしまった。……ここ最近は素直だったが、また以前のように自己主張が強くなってきたな。
「大友君、貴方が何を目指しているのか分からないけど、私も協力したいの。私もケイ子さんやゆり子さんのように、強い人間になって、皆を守りたいの」
黒田さんも目を輝かせて俺に迫った。
その圧に俺はじりじりと後退し、気づけば後ろは壁だ。
琴美まで俺に迫り、二人に見上げられ、俺はほとほと弱ってしまった。
(全く! どうしてアンタは人間相手だとそんなに弱気になるの! 地竜の圧の方がよっぽど怖いでしょ!)
シルヴィが俺をどやしつけたが、テレパシーが届けられたのは俺だけではなかった。
「な、何! 今の声は!」
「し、シルヴィちゃんまさか!」
(アキラが優柔不断だから、私が決めてあげるわ。初めまして、黒田理子さん。私が彼の話に合った宇宙人よ。いま、テレパシーで心に語り掛けているわ)
「う、嘘、ホントだったの? てっきり私を遠ざけるためのウソだとばっかり……」
なんてことだ。やはり彼女も宇宙人説は信じていなかったのか。……まあ都市伝説とはいえユニークスキルの方が現実的か。
俺はがっくりと肩を落とした。
「ち、違うの大友君。半信半疑ってだけで、全部が嘘だとは――」
「……いいんだ。みんな宇宙人なんて信じないさ。小学生じゃないんだから」
失言を悟ったのか、黒田さんは慌てて弁解し始める。
彼女のやさしさだろうが返って辛い。
(うだうだ言うんじゃないわよ! ……とにかくリコさん。その場所は既に防音フィールドを張ってあるけど万一があるわ。心に思い浮かべればテレパシーで会話できるから口は閉じて)
(は、はい!)
(さて、貴方には二つの選択肢があるわ。私たちと協力して世界中のダンジョンの完全攻略を成し遂げるか、これまでの話を全て忘れるかよ。私はどちらでも構わないわ。アナタの意思次第よ。アキラも口を挟むんじゃないわよ)
シルヴィは俺を差し置いてどんどん話を進める。
彼女の言葉に黒田さんも顔を青褪めていた。俺たちの目的がダンジョンの完全制覇だったとは流石に思わなかったらしい。
黒田さんは俯いて、少し悩む素振りを見せたが、やがて意を決したのか顔を上げた。
(や、やります。ダンジョンの完全制覇! 私も大友君と戦う!)
(その言葉の意味わかってるの? 事の難しさは貴方の方が良く分かってるんじゃなくて? 死ぬかもしれないのよ。いえ、実際に志半ばで死んだ人たちが大勢いるんでしょ?)
(そ、それでも私は戦いたい!)
その文字通りの心の叫びに、シルヴィはふっとため息をつく。
(……いいわ。私は彼女の参加に賛成。琴美ちゃんも賛成だからこれで過半数よ。とにかく詳しいことは、また後で説明するわ。さ、お昼でも食べてきなさい。休み時間が無くなるわよ)
(わ、ホントだ! もうこんな時間だ!)
(早くお弁当食べないと!)
二人は慌てて教室へと戻っていく。
立ち尽くす俺に、シルヴィが語り掛けてきた。
(アキラ、貴方があの子を心配する気持ちは分かるわ。でもね、琴美ちゃんも言ってたけどあなたは既に実の妹まで戦いに赴かせているわ。とにかく、彼女も同様にあなたが死ぬ気で守りなさい。それが力を持つ者の義務よ)
「お兄ちゃん! 早くしないと!」
「大友君も一緒にご飯食べよ?」
戻ってきた二人にせっつかれ、俺は屋上を後にした。
シルヴィの言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。