「あ、セラ!」
俺が部屋から出てくると、アオが心配そうに駆け寄ってきた。
「顔色が悪いよ?大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」
「リィゲリアの奴になにかされたのか?」
俺の様子を見たカヲルが声をかけてきた。
「あいつのことだから、君に変なことを言ったに違いない。申し訳ない」
「いや、大丈夫だ。あなたが謝る必要はない。アオ、そろそろ出発しよう」
「わかった。カヲルさん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ。久しぶりに故郷の話が聞けて嬉しかった。また、時間があればいつでも訪ねてきて」
カヲルに別れを告げて、そのまま店を後にした。
店に残されたカヲルは、リィゲリアがいる奥の部屋へ戻った。
「おい、リィゲリア。あの子に何を話したんだ?」
「ん?あの子が悩んでいたから、ちょっとアドバイスをしただけよ~」
何もなかったかのように悠然と話すリィゲリアを見たカヲルは、大きな溜息をついた。
「はぁ~あの様子だと、普通のアドバイスじゃなさそうだが?」
「ひどいわねカヲルちゃん。私はいつでも優しいのよ。それに、どうだった?アオちゃん」
「まさか、自分の手で取り上げた赤ちゃんがこんなに成長しているとは驚きだし、何よりあの子はお母さんにそっくりだ」
過去を思い返し、カヲルは少し嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、珍しい~!カヲルちゃんが笑うなんて」
「なんだその言い方は。私だって笑う時はあるさ」
「ふふ、そうね。あの子とリヴィアタンの娘と坊やが、これからどう動くのか楽しみだわ」
そんな意味深な会話をセラとアオは知らず、神殿へと戻ってきた。
「アオ、お前に相談があるんだが」
「どうしたの急に?」
「その、ポセイドン様から番になった者は宿舎を出ろと言われてな。それで、番になった男は家を造らないといけないんだが……。一緒に住むならどんな家が良いのか……お前の意見が聞きたくて」
俺の相談を聞いたアオは少し考え込むも、答えてくれた。
「平屋がいい。ヒフミ叔母さんの家みたいな」
確かにあの平屋は俺も好きだ。建物の雰囲気や構造が故郷を思い出させる。
「平屋か……確かにいいな。よし、今から土地を買って建てるとしよう。アオ、お前も一緒に……」
「いや、私はいいや。神殿の図書館の本を読みながら研究がしたい。午後は研究してもいいんだよね?」
そうだった、午後は研究してもいいと言ったんだな。
しかし、アオを一人にさせるのは心配だ。
いくら俺の術を掛けているとはいえ、術の効果はそろそろ切れてしまう。
俺は自分が持つ知恵を絞り、一つの魔道具があることに気が付いた。
その魔道具は造った者の魔力が尽きない限り所有者を護ることが出来る、上級魔道具『神秘の結びの指輪』。
「アオ、お前に渡したいモノがある」
俺はアオの目の前で召喚術を使い、自室に置いていた材料を出した。
「ん?渡したいのはこれ?」
「いや、渡したいものは今から作る」
空中に術式を展開し、そこに材料を置き呪文を唱えた。
「陽の光、月の影よ、二つの心を結びつけよ、神秘の力よ、我が願いを受け入れ、運命の証をこの地に形作れ」
二つの材料は呪文と共に青白く輝き、次第に光が収まった瞬間、真ん中には指輪が現れた。
「指輪?」
俺は指輪をゆっくりと取ると、指輪は俺の魔力に反応し青く光ったのを確認した。
「成功だな」
「セラ、この指輪はなに?」
「この指輪は神秘の結びの指輪といって、造った者が魔力ある限り所有者は危険なモノから護る。上級者魔道具なんだ」
俺は説明しながら指輪をアオに渡すと、アオはそれを受け取った。
「俺が隣にいない間は、これを肌身離さず持っていてくれ。これがあれば、よっぽどのことが起きない限り、お前の身を護ることが出来る」
「分かった」
アオは指輪を左手の薬指につけた。
「まるで結婚指輪みたいだ」
「結婚指輪?なんだそれ」
「そっか、ここにはないのか。私の世界では結婚……番になるとき指輪を贈るんだよ」
そうなのか、それはそれで少し良いデザインにしとけばよかったか?
「だとすれば、もう少しまともなデザインにしとけば……」
「いや、これが良い。シンプルで君らしいデザインだ。私は好きだよ」
アオの言葉とその可愛らしい表情に、俺は胸をときめかせてしまった。
「お前、たまに天然なところあるよな」
「そうかな?」
「そういうところもお前らしさとも言えるが…」
アオ自身は気づいていないかもしれない。ふと見せる笑顔が可愛くてたまらないのだが、その可愛らしさが時には不安になってしまう。まぁ、あんまり不安がっても意味はない、内心心配する自分を落ち着かせた。
「そういえばアオ、お前この世界の文字読めないよな?どうやって本を読むんだ」
「あっ、そうだった!?言葉の表とかあるかな?」
俺は紙と鉛筆を取り出し、そこに基本文字の四六音と濁音、半濁音、拗音の文字を書いた。
「なんか、日本語のひらがなみたいだ。この文字って
「よくわかったな。右からあ、い、う、え、お……って始まる。もしかしたら、お前の故郷の文字とこの世界の文字は似ているのかもな。今こうしてお前と俺は喋れているし」
「確かに……なんか不思議だね」
俺も向こうの世界の文字は読めなかったが、不思議とアオとこうして喋れている。陸と海は異なる文字を持っていても喋れる……これは陸と海の関係がとても深いとみた。その深さがどれほどなのかは俺には分からないが、アオがこうして文字を読めるようになれば、この先少しは生活しやすくなるだろう。
「文字の表はこんな感じだな。アオが隣にひらがなを書いたから読みやすくなったんじゃないか?」
「読みやすい。これで本を読めるようになる!私、図書室に行ってくる!」
アオは嬉しそうに、そのまま図書室へ向かって行った。
そんな彼女の後ろ姿をただ見つめるしか出来なかった。
そして俺は家を建てるため、土地を探しに街へ出た。
この世界で土地を持つには、土地師に土地を案内してもらうところから始まる。
相談してきた者の階級や職業に合わせて土地を紹介してもらうのだが……。
「いやぁ~まさか七戦士の御一人に土地を紹介するなんて、なんたる光栄!どんな土地をお探しでしょうか?」
「平屋が建てられるほどの土地を……」
「なるほど!なるほど!こちらとかどうでしょうか!」
土地師がここぞとばかりに次々と土地の情報が書かれた資料を出してきたが、どれも上級種族向けの土地ばかりで平屋には合わない。それに、アオと一緒に住むのだから、もっと静かな場所がいい。誰にも邪魔されず、ゆっくり過ごせるような場所。
「ん?」
ふと、一枚の資料が目に入った。資料を手に取り情報を確認していると、土地師が申し訳なさそうに話し始めた。
「その土地、広立地が良くて広さもあるのですが……いかんせん、近くに海獣の住処が出来てしまい…長年買われていない状態なんです」
確かに、広さはあの家みたいな平屋を建てるには十分で、立地的には街からはそんなに離れてはいない。それに近くにテルメ山がある……もしかしたら、あれが作れるかもしれないが……高いな。
「取引をしないか?」
「取引?」
「俺が海獣を全て狩る。俺が全部狩れば、この土地を半額にしてくれ」
「そ、そんな!?」
俺の言葉に土地師は驚愕した。
「実際困っているのだろう?土地師の腕は年間の売り上げによって決まる。売れていない土地があれば、それは土地師にとって不名誉でしかない」
「よくお分かりで……」
痛いところを突かれたのか、土地師は悔しい表情でこちらを見る。
「不利になることはない筈だが?どうだ?」
「……分かりました。ただし条件があります」
「なんだ?」
土地師は恐る恐ると俺に一つ条件を提案してきた。
「住み着いている海獣、アノマロカリスの目の中にある魔石の数によって判断しよう」
「いいだろう。明日の午前中までには持ってくる」
俺はその条件を飲み、すぐに例の土地へと向かった。