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第36話 寮に戻って

 寮に戻ると、オクト君が慌てた様子で声をかけてきた。


「やっべ、ちょっとトイレ行ってくるわ! 先戻っていてくれ!」


 一階にあるトイレへと向かって行ってしまった。

 置いて行かれた私は、とりあえず部屋に戻ろうとした……時だった。


「おや、おかえりなさい。イグナート卿」


 声をかけられた方へ向くと、そこにはランベールさんがニコニコと優しい笑顔で立っていた。


「ランベールさん! ただいま戻りました!」


 そう言って挨拶をする私に、ランベールさんが再度微笑む。


「ふふふ、ええ。そのご様子では楽しまれたようですね?」


「はい、楽しかったです!」


「それは……素敵な事です」


「素敵でした! ルクバトって良い街ですね!」


「それは何よりです。ふふふ」


 そんなやり取りをしていると、オクト君が帰ってきた。


「先に部屋戻っていていいっつったのに」


「いえ、ボクが引き止めてしまったのですよ、オクタヴィアン卿。責めないで差し上げて下さい」


「ん〜? 話が見えねぇけど……わかりました。おい、イグナート行こうぜ?」


「うん! じゃあランベールさん失礼します!」


 ****


 部屋に戻ってすぐに、疲れが襲ってきた。

 不意にテーブルの上にお水の入ったコップが置かれた。顔だけ上げると、オクト君が優しい笑顔で返す。


「お疲れさん。これ飲めよ!」


「ありがとう! 頂きます!」


 そう断りをいれて、私はお水を口に含む。動いたからか、やっぱり美味しい!


「なぁ、イグナート」


 突然声をかけられて、視線を向ければオクト君が少し言いにくそうに口を開いた。


「今日の激、楽しかったか?」


「う、うん。オクト君は違う?」


 訊き返せば、オクト君は深く息を吐いた。


 え? どうしたの?


 困惑していると、オクト君が静かに語り始めた。


「あの劇団さ……俺の身内がやってんだよ。まぁ俺は性に合わなくて、騎士団にはいったんだけどよ? それから……きまずくて、さ?」


 なるほど。なんとなく理解した私は、オクト君に向かって再度声をかけた。


「オクト君。家族って難しいものだ……と思うんだけどね? でも、だからこそ。大切にしあえたりするんじゃないかな?」


 『前世の私』なら言えなかった言葉。でも、今のイグナートだからこそ言える言葉を伝えると、オクト君はぎこちなく微笑んだ。


「そうだな……。うし、出歩いた事だし、湯浴みするか!」


「そ、そうだね……」


 まだまだ慣れない『男』としての日々だけど……悪くない。

 うん、悪くないね。

 二度目の人生って奴も――

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