目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
桜葉大学獣研究会。通称バケモノ会
桜葉大学獣研究会。通称バケモノ会
六山葵
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年04月22日
公開日
1.1万字
連載中
今年の春から桜葉大学に通う一年生の四宮楽一はバイトの帰り道に怪異と出会う。怪談めいた怪異ではなく、もっとファンタジー色の強い怪異だ。同じ大学の学生たちに救われた楽一は彼らが異世界から迷い込んだバケモノを送り返す活動をしていることを知る

第1話

「人生とは複数の糸の寄せ集めである」

最初にその言葉を聞いたのは誰だったか。

――そうだ。中学二年の時のクラスメイト、金田君だった。


混乱する頭の中で五十嵐健一いがらしけんいちは旧友の言葉を思い出していた。

後に、それが有名な推理小説の探偵の言葉をなぞっただけだったと知ったのだが、当時の幼かった自分は妙に納得したのを覚えている。


自分の一生を一本の糸に例えるのならば様々な人間関係を構築する人生はまさしく複数の糸の束のようと言える。


旧友がどのように小説の言葉を解釈していたのかはわからない。解釈は人それぞれ違って当然だし、その言葉を耳にしたのは多感な中学生の時だ。

もしかすると件の級友である金田はたまたま目にした小説のセリフを「格好いい」と思い、深く意味も考えずに吹聴していただけかもしれない。


しかし、健一にとってその言葉は不思議としっくりくるものだった。

中学で初めてその言葉を聞いて以来、進学する度。活動範囲が広がり新たな人に出会う度にその言葉が思い出された。


出会った人の中に同じ人は一人としていなかった。細い糸であったり太い糸であったり、くたびれてほつれかけていたり。様々な糸と出会ったがどれも違っていた。

人生を「糸の寄せ集め」と形容しているところもいい。


人間関係が深まり糸が複雑に絡み合っていけばやがて簡単には切れない縄となる様子が思い起こされるからだ。

その考えは健一の性格に合っていた。彼は人が苦手ではなかった。

自分から進んで関係を築きに行くようなタイプではなかったが、その人がどういう人なのかを観察するのが好きだった。


だから、混乱した脳内でも自然とこの言葉が出てきたのは必然だったのかもしれない。

それはある意味、だったからだ。


その日、健一は遅番のバイトに入っていた。

勤めているのは大学から少し離れたカラオケ店。良くある冷凍品をそのまま上げるだけの簡単な調理だが、冷食のクオリティが高く「料理が美味い」と評判の店だった。


大学から駅に向かう方向とは真反対に位置していて、そのせいか若い客は少ない。その代わりに周囲の住宅地に住む中高年やお年寄りの常連のおかげで繁盛している店。


今年の春、大学に入学した一週間後に始めたバイトだった。就労期間はようやく一か月。業務にも慣れて来た頃合いだ。


駅前と違って深夜になれば客足も泊まる。そのため夜中の一時には閉店する。

遅番の時間帯はだいたい講義の終わった五時からだから休憩込みで八時間の労働だ。


健一が負かされているのは食事や飲み物の配膳と客が退室した後の清掃。オーダーごとの飲み物の準備。最近では簡単なデザートの盛り付けも任されるようになった。


店自体はさほど忙しくはない。

部屋数はそこそこ多いが満室になることは滅多にないし、客柄のおかげか部屋を雑に扱う人もいない。

注文のメインは大抵食事で、飲み物類は大抵客が自分で取りに行くドリンクバーだった。

店内で唯一の社員である店長は温厚な性格でバイトの事情も十分に考慮してくれるし、先輩には同じ大学に通う人も多い。


優しい人ばかりで入学して早々に「あの講義は教授が厳しいからやめた方がいい」だとか「こっちの講義はレポートだけで単位がもらえるから絶対入れろ」とアドバイスをしてくれるのもありがたかった。


よくここまで働きやすい環境を見つけたものだと自分の運を褒めたいくらいだった。

それでも環境の変化と講義とバイトの二重の多忙で疲れは溜まる。


春は何かと入用だからとシフトを増やしたが、来月はもう少しゆとりを持とう――バイト終わりにそんなことを考えながら帰路についていた。

健一は春から一人暮らしを始めた。大学の近くの学生向けアパートだ。


田舎道だからか街灯は少なく、明かりも弱い。

ただ今日は月が強く光を発していた。


視界の端を黒い影がよぎる。

最初は野良猫か何かだと思った。しかし、それにしては大きい。


ぎょっとして立ち止まる。視線の先には黒い影が立っていた。健一の数メートル先だ。月明かりが家屋に遮られて影を作っている。その影の中に何かがいる。


暗闇に光る二つの目を見た。ギラリと開くそれはやけに大きい。

背丈は健一の腰ほどしかなかった。


子供? こんな夜中に?

普通ではないと直感する。冷や汗がぽたりと落ちる。暗さもあってかやけに不気味だった。


影の中にいる何かが一歩、一歩と近づいて来る。


逃げろと本能が告げてくる。しかし健一の身体は動かなかった。声も上げられぬほど全身の筋肉が緊張していた。


得体の知れない何かはもう健一のすぐ目の前にいた。月明かりが姿を照らす。

健一は息を飲んだ。子供ではなかった。いや、人ですらなかった。


形容しがたい見た目だ。二足歩行で立つそれは遠目ならば人間に見えるだろう。しかし決定的に違うところがある。肌の色と顔の形だ。


深い緑色。くすんで汚れているようにも見える肌。やけに大きく、凹凸のはっきりとした目鼻、歪んでいるようにも見える口元が人間ではないことを伝えていた。


だから何とは答えられない。この生物の存在を指し示す言葉を健一は持ち合わせていなかった。

未知との遭遇に当然脳は混乱する。


しかし、混乱の中にどこか冷静な部分も残っていた。その冷静な部分が様々な思考を巡らせている。


「人生とは複数の糸の寄せ集めである」


健一は旧友の言葉を思い出していた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?