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第25.5話 苗字事情は複雑怪奇

 日本の情勢は混乱に満ちていた。

長慶らが冬康を除いた他の一門を揃える背景では、各地に突如として現れた武将の対処に明け暮れていた。

話を聞けばあの武田信玄や上杉謙信、織田信長や島津義弘などといった有名武将らしき存在が確認されているのだ。

1部は人として、1部は動物に憑依したりして……。

それもあってか、教育の場では必修科目として存在する社会・歴史分野をさらに強化する方針に切り替えていた。

それは、義務教育から順番に始まり、任意教育になる高校や大学でも広まって行くことになる。


 この話は、その教育の場を主とした世界のお話。


「せんせー。この三好長慶って人の家族は、なんでみんな苗字が違うの?」


 ここは、ある県庁の中学校高学年。

普段なら第二次世界大戦やそれに関連する周辺諸国などの話が主に出てくるのだが、最近の情勢の問題で未だ戦国時代の話をしている。

その中で、長慶の名が教科書にでており、その複雑な苗字事情について子供に言及されていた。


「その話を深く紹介するとかなり複雑になります。ではまず、家系図から行きましょう」


 そういって黒板に書き出されるのは、三好元長を祖父とした三好家の家系図。

最後は十河一存の息子である三好義継の代で終わっていることになっている。


「まずこの三好義興という人物ですが、この人物は長慶の息子であり、若くして亡くなっています」


「これにより長慶の世継ぎがいなくなってしまいます」


「これでは家を継ぐものが他に居なくなってしまうということで、同じ一門である十河一存が授かっていた三好義継を養子として迎え入れます」


「養子以前の名前としては、十河重存そごうしげまさという名前でした」


「世継ぎとして長慶の元に行くことになった際に苗字と一緒に名前も代わり、三好義継と名乗ることになりました」


「じゃあ先生。なんで名前まで変わったの?」


「鋭いですね……。ですが、全て話すと長くなります。なので今回は割愛しますね」


 三好義継の名前問題については、元々「義」という漢字が足利家の字であり、足利将軍を暗殺した三好家が、新たな統治者として継ぐものという意味で重存から義継に改名したとされている。

しかし、この頃には長慶は既に没しており、義輝が暗殺された永禄の変えいろくのへんの後に改名されている。

ただし、諸説がある。


「有名な武将で例えるなら、上杉謙信で例えることが出来ます」


「例えば、彼は元々長尾家の生まれであり、元々は長尾景虎ながおかげとらと名乗っていました」


「そして、時を経る事に上杉家を継ぐ過程で名前を変え上杉政虎と名乗り、上杉謙信となります」


「ただし、上杉謙信という名前は厳密には名前ではなく、法号ほうごうとして称した名前であり、正式な名前としては輝虎という名前ですが、一般的には上杉謙信という名前の方が有名ですね」


「……戦国の名前事情って複雑ですよね。先生も教えるの大変です」


 謙信に与えられた輝虎の輝の字は、あの足利義輝が気に入って与えた名である。

ここまでとは言わないが、三好家の名前事情もかなり複雑である。


「それで、次は冬康や一存の話ですね」


 つぎに、さっき黒板に書いた家系図に棒を当てて進めていき、行き着いた場所に一存と冬康に焦点を当てると促す。


「教科書にも流れは書いてありますが、口頭での説明だと、安宅冬康は三好家の生まれであり、安宅家に養子として送られています」


「十河一存も、十河家に養子として送った為に苗字が変わっています」


「そのため、彼らの残した子供の苗字も必然的に各家の苗字を継ぐことになるのですが……。安宅冬康の子供についてはあまり情報が出ていません」


 これだけ見ればシンプルなお話で済むのだが、実際に詳細を語ると頭がショートするレベルで複雑怪奇すぎるので語るに語れない分野である。

だが、人物だけ紹介すると……十河義継長慶への養子十河存保元実休の子とこれ以上話すと作者も混乱しかねない自体を引き起こす。


「なんでそもそも養子として自分の子供を送るようになったの?」


「それはですね、当時の子供に関する考え方が現代と異なる点にあります」


 戦国当時といえば、男は一家の大黒柱となり働き、時には戦に赴いて農民ですら家族の為に命を張り、女は家で家事をし子供を育てることを主とし、身分が高ければ他の国へ縁組という形で政略結婚をさせられ婚姻同盟の元とされたりすることが普通だった時代。

そんな時代で武家が自らの権威を残そうとすると、基本的には一門が継ぐことになる訳だが、その一門がいなくなると誰も継げなくなるために、どうしても養子という形で一門が残した子供などを家に連れてくることもやむを得ず行われていた。


「自然界で言うところの、種を存続させるために子をたくさん残すようになるのと理屈は似てますね」


「例えば、動物の中でカッコウという鳥がいます。彼らは他の種類の鳥の巣に自らの卵を産み、その他の母鳥に世話をさせることで子孫繁栄を狙っています」


「その時、生まれてきたカッコウの雛が幼くして自分以外のほかの卵を巣から蹴落としてしまい、母鳥がそれに気づかず生まれた子を自分の子だと認識せずに育ててしまう、という事例も多くありますね」


「これは戦国時代でも行われていた事で、意図して婚姻同盟を結ぶ事で自国の背後から攻撃される心配なく前の敵を叩くことに集中することが出来る……などの理由や、和睦交渉の中で円満に話を進めるために自らの娘を売るような行為をすることもあります」


「似た事例だと齋藤道三の娘、帰蝶が似てますね」


 あの美濃の蝮と評された男の娘、もしあの時信長がうつけであることを知った上で帰蝶が受け入れる素振りを見せていなければ、かの織田信長という人物は歴史に表立って顔を出すことは恐らくなかったであろう。


「っとと、話が長くなってチャイムがなりましたね」


「最近あちこちで有名武将の出現が話題になっていますね。もし皆の家の周りなどでそれらしい人を見かけた時は、敬意を忘れないように接しましょう」


 武士は礼節を保ち、民を無闇に刺激したり切り伏せるような真似は滅多にしないもの達の集まり。

度を超えた真似さえしなければ無害であると伝えた上でこの授業は幕を閉じるのだ。


「……はぁ、先生ってのも疲れるなぁ……。ボランティアでやらされる身にもなって欲しいものだよ全く……」


「こっちはこっちで、自分の研究を優先したいのに……」


 ある男は小言をボヤきながら教室を後にした。

教師の資格を有しているのは確かだが、どうも昨今の情勢を危惧した国が、教師をサポートするための制度としてボランティアを雇用するようになったようだ。

当然ボランティアなので金なんて出るはずもないが、当人には協力金という名目で国からは一応支給される。


「彩菜の為の行動資金確保のためとはいえ……骨が折れる」


「長慶も、最近は行動を公に示し始めてる辺り、本当に歴史がひっくり返るかもしれない……楽しみだ」


 ある男とは雅人の事。

その日限りという前提の元ボランティア活動として金を稼いでいたようだ。

というか、裏方で暗躍しすぎたせいで変に目立ってしまい、実質教師の仕事と同格レベルのことをやらされた。

あの武将出現会議を起こさせたきっかけの1人もこの雅人と彩芽の2人の動きのせいである。

そんな2人の動きが、この世界にどう反映されていくのだろうか……?

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